インドネシア・バタン石炭火力発電所の着工は可能か? 大統領に建設反対求めるSMS2万5000通

3月19日に環境省の記者クラブで記者会見したアリフさん3月19日に環境省の記者クラブで記者会見したアリフさん

インドネシアの中部ジャワ州バタン県で「東南アジア最大級」の石炭火力発電所(2000MW)の建設が計画されている。建設事業総額は約40億ドル(約4800億円)にのぼり、日本の国際協力銀行(JBIC)がその40%にあたる約16億ドルの融資を検討している。ところがこの事業に対し、地元住民から猛烈な反対の声が上がっている。地域の環境に被害を与え、生業である農業や漁業を脅かすと主張する。住民への健康被害も懸念されている。

この事業をめぐり、国際環境NGOグリーンピース・インドネシア事務所のアリフ・フィヤントさんが3月、来日し、19日に環境省での記者会見で最新の動向を伝えた。2014年9月に来日した、建設反対を訴える地元住民ら4名による会見に続くものだ。

 ■「事業を中止すべき」人権委員会が勧告

インドネシアでは14年7月の大統領選挙で庶民派として知られるジョコ・ウィドド氏が当選したことから、反対住民の声が届くのでは、との期待が高まっている。しかしアリフさんによると、事業を実施する現地法人「ビマセナ・パワー・インドネシア」(BPI。電源開発、アダロ・パワー、伊藤忠商事の3社が構成)は地元住民への脅迫・暴力行為をむしろ激しくさせているという。

こうした行為は14年10月31日に事業の融資調達期限が延長されて以降、目に見えるように増えている。事業用地の確保が融資の前提条件となるが、建設予定地(226.4ヘクタール)の残り10%ほどがまだ取得されていないため、今回の期限延長は3度目となる。BPIの売却要請に対し、反対住民は「補償価格がいくらになっても土地は売らない」と拒絶する。

アリフさんによると、「BPIは『プレマン』と呼ばれるチンピラを雇って、土地の売却を拒む住民たちを脅迫している」という。「夜中に土地所有者の家をプレマンが訪れ、ドアを強く叩きながら『土地を売らなければ殺されるぞ』などと脅したり、建設反対運動の指導者が暴行されたりする事件が頻繁に起きている」。建設反対住民、あるいは土地の所有者というだけで罪もないのに投獄された人もいるという。

これまで住民側はインドネシアでの人権問題の調査やアドボカシーなどを担当する政府機関「国家人権委員会」に、こうした被害状況を何度も報告してきた。その結果、委員会は14年10月、政府と中部ジャワ州政府に「事業を中止すべきだ」と勧告を出している。しかしこの勧告には法的拘束力はなく、これに逆行する形で、中央政府は「新土地収用法(2012年)」を適用する方針を示した。この法律は、土地収用への拒否権を住民に与えないとする大きな強制力を伴っている。

■環境省も事業停止勧告

アリフさんによると、事業停止を勧告しているのは、国家人権委員会だけでない。環境省も2月、事業予定地に調査団を派遣し、BPIによる海岸沿いのマングローブ伐採といった環境被害を確認した。伐採されたマングローブには貴重な鳥類が生息しているという。

さらに調査団は、BPIが実施した環境影響評価(アセスメント)に大きな誤りがあることも指摘した。たとえばBPIの評価では「事業予定地域は不毛」と報告されているが、実際は非常に肥沃で農業が盛んにおこなわれている地域だ。また他の石炭火力発電所の環境影響評価のデータをそのまま写した箇所も見つかった。

■2万5000通のSMSで大統領を説得

アリフさんによると、事業の実施になんとかこぎつけたいBPIは、さまざまな手段を使っているという。たとえば、「土地収用は完了した。住民は事業を歓迎している」という偽りの情報を中部ジャワ州知事に伝えた。この情報を鵜呑みにした中部ジャワ州知事は「15年の3月7日には起工式を実行できる。ぜひ出席してほしい」と大統領を招待。これに対して大統領が起工式に出席する意向を示したため、住民は憤慨した。

この状況に関して住民から相談を受けた環境省は「大統領にSMS(携帯電話間で短い文章を送受信するサービス。ショート・メッセージ・サービスの略称)を送って訴えてはどうか」と住民に助言。これを受け、住民は「土地収用はまだ完了していない」「発電所の建設を中止してほしい」という趣旨のSMSを大統領に送り始めた。バタンの住民だけではなく、建設反対運動に共感する周辺地域の住民も加わり、大統領に届けられたSMSは把握されているだけでも約2万5000通まで達したという。

一方で環境省も、「州知事の伝えた情報は虚偽であり、起工式参加を中止すべきだ」「火力発電所の建設自体を中止すべきだ」「大統領は食料自給率の向上を政策として掲げているが、農地が収奪されることはこの政策に逆行する」といった内容の機密文書を、大統領と中部ジャワ州知事宛に送った。住民と環境省からの猛烈な巻き返しの結果、大統領はバタン火力発電所建設予定地への訪問を中止したという。

■発電された電気は工業地帯へ

なぜここまで発電所建設にこだわるのか。アリフさんによると現在、「インドネシアの経済発展を加速・拡大させるためのマスタープラン(11〜15年)」の一環として、ジャワ島東部のバニュワンギから西部のバンテンにかけての北海岸を工業地帯にする計画が立てられている。計画通りに行けば、工場の稼働に大量の電力が必要になる。だが現状では、電力供給が需要を30%も上回る。アリフさんは「ジャワの状況は日本と同じ。フクシマの人たちの危険を冒して建設した原子力発電所が、遠く離れた東京の経済活動を支えていた。ジャワでも、電気は地元住民ではなく、工場へ供給される」と話し、地元住民の健康や環境を破壊して発電所を建てても、利益を得るのは住民ではなく産業界だと指摘する。

また新たな電力供給源として、アリフさんは、再生可能エネルギーに注目する。特に豊富なのは地熱エネルギーで、世界の地熱エネルギーの40%(約2万9000MW)がインドネシアにあると言われている。地熱の発電容量は、ジャワ島だけだと1万2000MW。石炭火力発電所がなくても、十分にまかなえる量だという。

パリで開かれる気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)が15年末に迫り、各国が2020年以降の温暖化対策の新目標を発表している。にもかかわらず、二酸化炭素を大量に排出する石炭火力発電所を新設することに異論を呈する環境NGOは数多い。米国政府、北欧5カ国、世界銀行、欧州投資銀行、欧州復興開発銀行なども、石炭関連事業への融資を控える方針を示している。バタン住民の生活にも、地球環境にも明らかに有害に見える建設事業。バタン石炭火力発電所の着工は、果たして実施されるのだろうか。