アフリカ都市部に歴然とある“汚染格差”、貧しい人ほど汚い空気を吸う

ガーナの首都アクラのニマ地区の道路。乗り合いバス、タクシー、自家用車がごった返すガーナの首都アクラのニマ地区の道路。乗り合いバス、タクシー、自家用車がごった返す

アフリカの都市部ではいま、大気汚染が深刻化している。背景にあるのは急速な人口増加と都市化だ。国連のレポートによると、アフリカの都市部の人口は2014年の4億6000万人から50年には13億人へと増える見込み。日本のメディアがあまり報じない、アフリカの大気汚染の実態を探ってみたい。

■モニタリングは7カ国だけ?

「実態を探る」といったものの、アフリカの大気汚染の現状は謎に包まれている。なぜなら、アフリカでは定期的に大気汚染物質をモニタリングする国が限られているからだ。

世界保健機関(WHO)の大気汚染データベース(14年版)では、アフリカ54カ国中7カ国(エジプト、ガーナ、セネガル、タンザニア、南アフリカ、モーリシャス、リベリア)のデータしかない。このデータベースは、世界91カ国約1600市での大気汚染物質PM2.5とPM10(PM=微小粒子状物質)の測定値を集めたものだ。

データのあるアフリカ7カ国18市のほとんどでは、PM2.5、PM10ともにWHOのガイドラインが推奨する年平均値を超えていた。PM10の年平均値が最も高かったのはセネガルのダカール市で、WHOの基準値20マイクログラム(1立方メートルあたり、年平均値)の9倍に相当する179マイクログラム。

また、PM2.5の値が最高だったのはエジプトのナイル川デルタ地方の都市で、WHOの基準値10マイクログラム(1立方メートルあたり、年平均値)に対して76マイクログラムだった。PM2.5やPM10といった小さな粒子は肺の奥深くまで入り込み、さまざまな健康被害を引き起こすといわれる。

ガーナのアクラの道端でごみが燃やされるようす

ガーナの首都アクラの道端でごみが燃やされるようす

■コンゴ民の空気はきれい?

WHOのデータベースには入っていないが、コンゴ民主共和国のキンシャサはアフリカでも有数のメガシティのひとつだ。大気汚染もひどいのでは、とキンシャサ出身で2年前から神戸に留学中の男性に話を聞いた。すると意外な答えが返ってきた。「キンシャサの空気はきれいだよ。日本の空気のほうが汚いと思うことがあるぐらい」

キンシャサ在住の日本人男性も「(歩いて街を移動することは少ないが)大気汚染はあまり感じない」と言う。なぜだろうか。

コンゴ人の男性は「車の数が増えても、キンシャサは人口に対して面積が広い。だから汚染が集中しにくいんだよ。逆にナイジェリアのラゴスは、人口に対して土地の面積が狭いから汚染がひどい。あと、キンシャサには雨期が6カ月もある。空気がほとんど乾燥してないのに、どうやって汚染物質が飛んでいられると思う?」。

また千葉在住のコンゴ人男性は「コンゴ民主共和国は、アフリカ大陸の中でも特に森林面積が広い。木々には汚染物質を減少させる働きがあるのでは」と分析する。汚染のレベルには各都市の面積や気候など地理的要因も関連していそうだ。

■大気汚染で年間18万人が死ぬ

12年のWHOの調査によると、野外の大気汚染が原因で死亡した人は世界で370万人。この88%が中・低所得国に暮らしている。アフリカは17万6000人だった。

直接の死因となる病気は、多い順に「虚血性心疾患」(心筋梗塞や狭心症などの総称)、脳卒中、慢性閉塞肺疾患、肺がん、急性下気道疾患。虚血性心疾患は、心臓に血が十分に行き渡らない状態になる病気で、原因のひとつとして、汚染物質が血流に入り込み、動脈硬化や血管のけいれんにつながり、血液が送れなくなることがある。

サブサハラ(サハラ砂漠以南の)アフリカではこれまで、おもな死因をHIV/AIDSやマラリアなどの感染症が占めてきた。ところが30年までには非感染症のリスクもかなり大きくなる、とWHOは警告する。

その脅威はいまに始まったことではない。1990~2010年に、サブサハラアフリカでも高中所得国では脳卒中や虚血性心疾患、糖尿病、うつなどの非感染症が増えたとの報告もある。要因はさまざまだが、大気汚染が関係する可能性もある。

低所得者が暮らすアクラ・ジェームスタウン地区で伝統的なコンロを使って調理するようす

低所得者が暮らすアクラのジェームスタウン地区では伝統的なコンロを使って調理する

■おいしいケバブも汚染のもと!?

都市部の大気汚染の原因はさまざまだ。通勤・通学や買い物で都市部へ行くために、自動車を運転したり、乗り合いバスを利用したりする人が増えた。その証拠に、07~10年、乗り合いバスやタクシーなどの商業車両の台数が西アフリカだけで67%増加したというデータもある。

これらの車両の多くは中古車だ。排ガスはもちろん、舗装されていない道路を走ることでたくさんのダストが舞い、これも大気を汚す。また、人口が急増するのに伴いごみの量も増え、分別されないまま道端や広場などで焼かれることも多い。工場が出す排ガスも大気汚染のもとだ。

家庭も汚染物質を排出している。アフリカの多くの家庭では、料理や暖房のために薪や炭を燃やす。その過程で汚染物質が発生する。家庭だけでなく、物売りたちも薪や炭を使って魚やケバブ、プランテン(調理用バナナ)などを露店で焼くことが多い。クリーンな調理用コンロのためのグローバル・アライアンス(Global Alliance for Clean Cookstoves)は、伝統的に使われている調理用コンロは野外の大気汚染に大きく加担していると指摘する。

ガーナの首都アクラの露店で魚を焼く

魚を焼くガーナ・アクラの露店

■PMが高いのは貧困地域

低所得層のほうが、汚染の被害を受けやすい――。なんとなく想像がつくことだが、実はこのことを裏付けるデータもある。

ハーバード公衆衛生大学院やガーナ大学などの教授らがガーナの首都アクラで実施した調査(10年)だ。この調査は、アクラの低所得層が住む2地域(ジェームスタウン、ニマ)と中所得層の住む1地域(アサイラムダウン)、そして高所得層の住む1地域(イーストレゴン)でPM2.5とPM10の汚染度を測定。PM2.5とPM10の値が最も高かったのはジェームスタウンで、最も低い値を観測したのはイーストレゴンだった。

“汚染格差”が生まれるのは、低所得層の住む地域に汚染源が集中しているためだ。低所得者が密集するジェームスタウンでは、路上で薪や炭を燃やして調理した食べ物を売る人たちも多い。

一方で、イーストレゴンは閑静な住宅地のため路上の物売りは少ない。かなり前のデータになるが、00年のガーナ人口住宅総調査によると、炭や木材などを調理の主要な燃料として使う人の割合はジェームスタウンの人口の81%に対し、ニマ75%、アサイラムダウン49%、イーストレゴンは46%だった。高所得層は薪や炭の代わりにガスや電気コンロなどを使って調理することが多く、汚染が少なくて済む。

ガーナ大学卒でアクラ在住の女性は「ジェームスタウンも、イーストレゴンも、両方とも道路は舗装されている。けれども閑静な住宅街のイーストレゴンに比べて、港町のジェームスタウンのほうが交通量が多い。だから汚染がひどいのではないかな。ジェームスタウンではまた、ごみが路上に散乱し、そこで燃やされるのもよく見る光景。でも、イーストレゴンでは各家庭に大きなごみ箱があって、路上でごみを燃やすことは少ないと思うよ」。

所得の差が汚染度の差にくっきりと反映されている。

ガーナ・アクラのイーストレゴン地区と同様、高所得層が住むアクラのカントンメンツ地区の住宅

アクラのイーストレゴン地区と同様、高所得層が住むアクラのカントンメンツ地区の住宅