2016-07-13

「カファーラ制」で人身売買されるオマーンの家事労働者に人権を! ヒューマン・ライツ・ウォッチが訴え

(ベイルート)― オマーンでは人権を侵害する環境から抜け出せない女性の移住家事労働者が多い。だが勤め先の家庭内での悲惨な実態は明らかになっていないと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書で述べた。オマーン政府は、移住労働者を雇用主に縛り付ける拘束性の強い入管制度を改革し、家事労働者にも他の労働者と同じ労働法上の保護を与え、人身売買、強制労働、奴隷制が疑われる状況をくまなく調査すべきである。

今回の報告書『「私は売られた」:オマーンの移住家事労働者への人権侵害と搾取』(全67頁)は、オマーンの移住労働者受入制度である「カファーラ」(=身元引受人、スポンサー)制度の存在、および労働法による保護の欠如により、移住家事労働者が人身売買と搾取に遭っている現状を明らかにした。カファーラ制では転職には雇用主の同意が必要だ。殴打や性的虐待、給与不払い、長時間労働などの人権侵害から逃れた人びとが補償を受ける手立てはほぼなく、「失踪」により法的処罰の対象となる可能性もある。雇用主の家庭は、育児や料理、清掃などを移住家事労働者に依存している。しかし移住家事労働者は、本国の家族や子供の生活を自分の給与で賄う一方、過酷で搾取的な環境にさらされることも多い。

「オマーンの移住家事労働者は雇用主から自由になれない。相手のなすがままだ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの中東女性の権利調査員ロスナ・ベグムは述べた。「雇用主は家事労働者を休養、賃金、食事なしで強制的に働かせることもできる。もし逃げれば処罰されかねないのは労働者の方で、雇用主が人権侵害で処罰されることはきわめてまれだからだ。」

同国で働く女性の移住家事労働者は少なくとも13万人おり、それより多い可能性もある。出身国はフィリピン、インドネシア、インド、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、エチオピアが大半を占める。

ヒューマン・ライツ・ウォッチはオマーンの移住家事労働者59人に聞き取り調査を行った。労働者からは、強制労働や人身売買に該当する人権侵害事例の証言もあった。この場合、管理が手薄なアラブ首長国連邦(UAE)との国境を越えて行われることが多い。ふつう雇用主は斡旋業者に対し、家事労働者に仕事をさせるための料金を支払う。複数の労働者は、雇用主が自分のことを「買った」と表現したと話している。労働者本人に対し、自分を「釈放」するために斡旋料を払い戻すよう求める雇用主もいる。

バングラデシュ出身のアスマ・Kさん(仮名)はUAEに働きに行ったが、斡旋業者からある男性に「売られ」てしまった。そして旅券を取り上げられ、オマーンに連れて行かれたと話す。この男はアスマさんを1日21時間働かせ、連日休みなく15人家族の世話をさせた。食事を与えず、言葉による虐待や性的嫌がらせを行った。さらに給与はまったく支払われなかった。

「朝4時30分に働き始め、朝1時に仕事を終える日々」だったとアスマさんは振り返る。「丸1日働かされ、座ることも許されませんでした。出て行きたいと言うと、その男から『お前を1,560リヤル(約41万円)でドバイから買ってきたんだ。その金を返すなら好きにしろ』と言われました。」

話を聞いた労働者の大半が、雇用主に旅券を没収されている。また多くから、雇用主が給料を満額払わない、休みや休日なしで極端な長時間労働を強制する、十分な食事や住環境を提供していないとの証言があった。身体的な虐待を受けたと話す人もおり、性的虐待の訴えも数件あった。

現状があまりに劣悪であるため、インドネシアなど一部の国は、自国民がオマーンをはじめ、人身売買で似た状況にある国への移住労働を禁止している。だがこうした禁止措置は効果を発揮しておらず、かえって女性たちが人身売買や強制労働の被害を受けるリスクを高めかねない。女性たち自身や斡旋業者が規制をくぐり抜けようとするからだ。外国で働く自国民の保護強化に動く国がある一方、詐欺的な斡旋から労働者を十分に保護しない、または国外で人権侵害に遭った自国民を満足に支援しない国もある。

オマーンのカファーラ制は近隣湾岸諸国でも採用されているもので、移住家事労働者のビザを雇用主に縛り付ける制度である。労働者が新しい雇用主のもとで働くには、現在の雇用主の許可が必要となる。たとえ契約期間が完了しても、雇用主が人権侵害を行ってもその条件は変わらない。2011年にオマーンは国連人権理事会の理事国に対し、「スポンサー制[=カファーラ制]の代替案を目下検討している」と回答したが、ヒューマン・ライツ・ウォッチはその後に具体的な提案がなされたことを確認していない。

オマーンの労働法から家事労働者は明確に除外されており、家事労働者に関する2004年の規制は基本的な保護措置にとどまっている。2016年4月、タイムズ・オブ・オマーン紙は人力省高官の発言として、オマーンは家事労働者を労働法の対象とすることを検討中だと伝えた。オーマン政府に対し、ヒューマン・ライツ・ウォッチは法改正を含めた家事労働者の権利擁護策に関する情報を要請したが、回答はなかった。

人権侵害が行われている状況から逃れたと訴える家事労働者に、行動の選択肢はほとんどない。斡旋業者に助けを求めたところ、事務所に閉じ込められて殴られ、別の家庭に無理矢理送り込まれたとの証言もあった。警察に助けを求めたところ、自分たちには手に負えないといって相手にされず、雇用主や斡旋業者に連れ戻された労働者もいた。こうしたケースでは、警察によって雇用主のもとに連れ戻され、雇用主に殴打されたとの証言が複数あった。

雇用主のもとを去った家事労働者は、雇用主から「失踪」と通報される危険がある。送還されるとともに、今後の就労は禁止され、刑事訴追の対象となる可能性もある行政処分だ。

オマーン国内の弁護士と出身国の行政担当者からは、オマーンの労働紛争調停手続、および家事労働者への補償をめぐる裁判所の判断は信頼できないとの声があった。家事労働者がこのようなかたちで補償を求めることに反対する大使館関係者もいる。手続きには時間がかかり、勝つ見込みも薄く、係争中は労働者側が就労できないためだ。多くの労働者が給与も、法による正義も手にできずに帰国している。

6月30日、米国政府は毎年発行する人身売買報告書でオマーンの評価を下から2番目で特に監視の必要な「Tier2 ウォッチ・リスト」に格下げした。そしてオマーン政府は「報告書が対象とする直近の期間について、人身売買に対処する包括的な取り組みを強化したとの証拠が見られない」との見解を示した。とくに人身売買の訴追が減少した。2015年には5件の性的な人身売買が訴追されたが、強制労働については0件で、有罪判決は1つもなかった。

オマーン政府は労働法を改正し、家事労働者にも他の労働者と同一の保護を与えるとともに、カファーラ制を改革し、国際基準に沿った形で移住家事労働者に十全かつ実質的な保護を与えるべきだ。オマーン政府はILO(国際労働機関)の家事労働者条約を批准し、国内法をその条文に適合させるべきだ。また出身国と連携し、家事労働者への人権侵害や搾取を防止し、侵害事例を徹底的に調査して、責任者を訴追すべきである。

「オマーン警察と関係当局が行うべきは、家事労働者の保護と、人権侵害実行者の訴追であり、労働者本人を逃亡で罰することではない」と、前出のベガム調査員は述べた。「オマーン政府は国内法とカファーラ制を改正し、家事労働者に必要な保護を与えるようにすべきである。」

プレスリリース:https://www.hrw.org/ja/news/2016/07/13/292009