【ルポ・ミャンマーからの逃亡者を追う④】“UNHCRのホテル”にジャーナリストの姉妹が身を潜めていた

タイ・メーソットに逃れてきたミャンマー人ジャーナリストの姉妹であるニラ(右)とピーチャ(左)。市内のホテルで撮影タイ・メーソットに逃れてきたミャンマー人ジャーナリストの姉妹であるニラ(右)とピーチャ(左)。市内のホテルで撮影

タイ側にあるミャンマーとの国境の町、メーソット。ミャンマーで2021年2月に軍事クーデターが起きて以降、ここにたどり着いたミャンマー人のほとんどは、民主化を求める活動家たちです。「ルポ・ミャンマーからの逃亡者」の第4回は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が管理するホテルに滞在していたミャンマー人ジャーナリストの姉妹を取り上げます。これまでのストーリーはこちら(第1回第2回第3回)。

非通知の電話がかかってくる

目の前にカラフルなビリヤニ(インドの炊き込みご飯)が現れた。これにチャパティ(インドの薄いパン)とチキンカレー、付け合わせの野菜がついて2人で120バーツ(約450円)。安い。私は、今回の取材のフィクサーを務めてくれているブワイ(カレン族のミャンマー人)と一緒に、メーソットの中心地にあるムスリムマーケットでランチを食べていた。

前の日に話を聞いたH(民主化の活動家のミャンマー人)に続いて、今日もブワイがメーソットに潜伏するミャンマー人を紹介してくれるのだ。

今回取材するのはジャーナリスト。しかも姉妹だ。ミャンマーから逃げてきた難民でもある。彼女たちなら、今回の「春の革命」(2021年に始まったミャンマーの民主化を求める運動)を広い示唆で語ってくれるはず。私は期待に胸を膨らませながらビリヤニを口の中にかきこむと、ブワイのバイクの後ろに飛び乗った。

ブワイのバイクは国道を西に進むと、右に曲がって細い道に入った。畑が広がり民家もまばら。ザ・田舎という景色が広がっている。こんなところにミャンマー人が隠れているのだろうか。そう疑っていると、前方にこじんまりしたホテルが見えてきた。ブワイは「ここだよ」と言ってバイクを止めた。

ここでブワイが紹介してくれたのが、ジャーナリスト姉妹のニラ(34歳)とチーピャ(30歳)だ。ニラの夫のコーピョウも一緒に出迎えてくれた。

ニラはミャンマーの英字紙「ミャンマータイムス」の元記者。最近は子育てに追われフルタイムでは働いていないが、今も海外のニュースサイトに定期的に記事を書く。チーピャもクーデターが起きる前まではミャンマーの地方紙やラジオ局で仕事していた。私は彼女らと握手をした後、ホテルに併設されたカフェに移動した。

「どうしてメーソットに逃げてきたの?」

私はストレートに質問した。するとニラはこう答えた。

「国軍の悪事を世界に発信するジャーナリストは今、弾圧の標的になっている。命の危険を感じてメーソットに逃げてきたの」

ニラの話によると、2人の父はミャンマーで著名なジャーナリストだという。だが父は2021年8月に拘束され、懲役20年の刑を受けた。それ以来、非通知の電話がかかってきたり、実家の周りで不審な人を見かけるようになった。

そこでニラとチーピャ、コーピョウは2人の子どもを連れて、メーソットにすでに逃れていたジャーナリスト仲間のつてでミャンマーを脱出したのだった。

食事は毎回運ばれてくる

だがいくら危険なミャンマーから避難したといっても、タイではアンドキュメンテッド(ステータスを証明する書類を持たない人)の身分。安全なはずはないし、不自由も多いはず。メーソットで暮らすうえで衣食住など苦労していないのか。私は彼女たちに尋ねた。

「生きるうえではそこまで苦労はしていない。このホテルはUNHCRが借り上げていて、家賃は無料。食事も毎回運ばれてくるの」(ニラ)

UNHCRは世界各地の難民をサポートする国連機関。メーソットでもミャンマーから逃れた来た人たちをホテルでかくまい、その後、第3国(本国でも、避難先の国でもない国を指す)に送るのだという。

UNHCRがアンドキュメンテッドの人々を裏でサポートしていると聞いて、私は少し驚いた。なぜならタイ政府は逃げてきたミャンマー人を「違法移民」と断定し、彼らがタイに入るのを阻止しようと動いていたからだ。

タイ政府は難民条約を批准しておらず、難民の受け入れには後ろ向きだ。1980年代にミャンマーの難民を受け入れるようになったが、それはあくまで国境沿いに作られた難民キャンプ内だけ。そこから外に出たり、働くことを禁止した。2021年12月のミャンマー国軍の空爆によりタイ側に逃げてきたミャンマー人でさえも、タイ政府は追い返したのだ。

そんなタイでUNHCRがミャンマーからの逃亡者をサポートしているとなれば、タイ政府やミャンマー国軍から非難されることは間違いない。だからだろう、UNHCRは公表せず秘密裏にミャンマー人を支援している。国際機関だから、正攻法で国と交渉すると思いきや、有事の時は人命救助を第一に素早く柔軟に対応する。私はUNHCRの姿勢に小さな感銘を受けた。

UNHCRが借り上げ、ミャンマー難民を受け入れるホテルへと続く田舎道。田んぼの横にひっそりと建っていた(タイ・メーソット)

UNHCRが借り上げ、ミャンマー難民を受け入れるホテルへと続く田舎道。田んぼの横にひっそりと建っていた(タイ・メーソット)

UNHCRが借り上げるホテル。訪問した当時は25人ほどのミャンマー人が潜伏していた

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ブワイと一緒に食べたムスリムランチ。メーソットには多くのバーマムスリム(イスラム教徒のビルマ族)が住む

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