ダカール市内の競技場でまわし(ゲンブ)を締め、鍛え上げた体を見せるジュニオールセネガルでサッカーとともに熱狂を集める格闘技「セネガル相撲」。その頂点を目指す23歳の若者がいる。ダカール出身のアルバルカル・ジュニオールだ。配車サービス「ヤンゴ」のドライバーとして働きながら練習に励む。彼がセネガル相撲をやめない理由は明確。きょうだいの学費を払い、応援してくれる地元の子どもたちの思いに応えるためだ。
「セネガル相撲は男のスポーツだ。そして俺は男だ」
そう言い切ったのは、ダカール・バラカ地区出身の23歳、ママドゥ・アリウ。リングネームはアルバルカル・ジュニオール。セネガル相撲とヤンゴのドライバーの2つの仕事を掛け持ちしながら頂点を目指す“二刀流”の若者だ。
バラカ地区は、4~6階の簡素な古いアパートが立ち並ぶエリア。庶民が多く暮らし、人と人との距離も近い。広場では子どもたちが大きな声で笑いながらボールを追いかける。その光景こそが、彼の原点だ。
流血の初戦、それでも勝利をつかんだ
セネガル相撲との出会いは12年前。11歳のときに、いとこのアルバルカル・カイエの試合を観たのがきっかけだった。約1000人が集まる競技場での一戦。歓声と熱気に包まれたその場所で、彼の心は決まった。「自分も兄(いとこ)のように戦いたい」。その思いがジュニオールを突き動かした。
19歳でセネガル相撲を始め、当初はパンチのないスタイルで経験を積む。2024年に、パンチありのセネガル相撲へと踏み出した。
これまでの戦績は3戦で2勝1敗。初戦では顔面に強烈な一撃を受け、下唇が裂けて流血。審判に止められながらも試合続行を選び、格上の相手を倒した。試合後は地元で勝利を分かち合い、その後に病院へ向かった。唇には今も1針の痕が残る。
2戦目は負けた。原因は「相手を見下していたこと」。試合後に浮かんだのは、家族やバラカ地区子どもたちの顔だった。思わず涙がこぼれた。この日を境にジュニオールは、自分より強く、また経験も豊富な選手と積極的に練習を重ねるようになった。
ジュニオールが所属するセネガル相撲のチーム名は「グランヨフ・ンボロ」。ここでは約200人が練習する。彼はまだ若手だ。身長165センチほど、体重93キログラムの体はビーチでのトレーニングで鍛え上げたものだ。














