JICA英国事務所の神公明所長が語る「日本らしい援助」、国際社会にもっと情報発信を!

開発に関心をもつ在英日本人学生が運営する非営利団体「英国開発学勉強会」(IDDP)は10月20日、ロンドンの国際協力機構(JICA)英国事務所で、一般公開セミナー「日本の開発援助の付加価値とは―知識の現地化支援―」を開催した。講演したJICA英国事務所の神公明(じん・きみあき)所長は、日本と英国の開発援助政策を比較した上で「日本の援助の長所をもっと世界に発信すべきだ」と強調した。

■日本の援助は「現場に根ざしている」

英国と日本の開発援助のあり方は大きく異なる。まず、英国には開発援助に特化した省庁・国際開発省(DFID)がある。日本の開発援助は、外務省を中心にJICAや他の省庁にもまたがっているだけでなく、外務省はODA以外の外交全般を担う。

DFIDは1990年代末から、貧困削減を念頭に置いた「財政支援型」の方針を採用してきた。これは、教育や保健などのサービス改善を目指し、相手国政府の予算に援助資金を直接供与する方法だ。

これに対して日本の開発援助はプロジェクトベースが主流。経済を成長させることで貧困を削減しようというのがポイントで、個別のプロジェクトの成功を主眼に支援してきた。いわゆる「プロジェクト型援助」だ。

この2つの手法を、開発援助のシンクタンクである英国の海外開発研究所(ODI)のサイモン・マックスウェル上級研究員は、それぞれ「フレームワーク手法」、「イングリーディエント手法」と大別する。

英国が採用する財政支援型はフレームワーク手法だ。この特徴は、全体的な枠組みを決めることには長けているが、政策の結果は個人に委ねられるため、成果の予測が比較的困難という欠点をもつ。

JICAのプロジェクト型援助は、もうひとつのイングリーディエント手法に当たる。このやり方では個別のプロジェクトに焦点を置くことから、より現場に根ざした援助を提供できるという強みがある。

■援助の主流は「能力開発」を内包した技術協力へ

アフリカに対する援助政策の失敗や冷戦の終結を背景に、従来の支援に代わる新たな援助アプローチとして90年代後半から提唱され始めたのが「能力開発(キャパシティー・デベロプメント=CD)」だ。CDとは、途上国の自立・発展を、社会・組織・個人の内発的な部分(能力)を向上させることで達成させようというものだ。

また、開発と援助には出来合いの完成された答えはないと主張してきたのが、英サセックス大学のロバート・チェンバース教授や米ニューヨーク大学のウィリアム・イースタリー教授(経済学)だ。チェンバース教授はブループリント手法(あらかじめ準備された計画を現場に適用する方法)には限界があり、予見や管理ができない“人間”への援助は、住民参加型の手法が不可欠だと主張。同様にイースタリー教授は「ドナーは貧困解決への答えを知らない。ゆえに現場とのやりとりの中で、“探究者”として答えを探し続けるべき」と述べている。

これらの主張を紹介したうえで神所長は「現場に根ざした協力を通じて、人々の技術と態度に働きかけることで、それぞれの現場に合った答えを探すのが日本の援助の良さだ。これは財政支援やコンディショナリティだけでは達成できない、人々に直結した成果を生み出している」と説明した。

■開発現場の経験を「理論」に落とせるか

90年代から2000年にかけて、日本は政府開発援助(ODA)の金額で世界のトップの座を守り続けてきた。ところが順位も2010年時点で5位にまで低下。いまや、英国をはじめとする“援助大国”に、開発援助の先導役としての地位を完全に明け渡した。

その理由について神所長は「現場での経験則を、客観的に分析できるレベルまで整理できていないからだ」と強調。「JICAのもつ『暗黙知』(マニュアルで表せない知識や経験)をいかに『形式知』(データや理論)に変え、国際社会に発信していけるか。これが、日本がいま直面している課題だ」と述べた。

JICAやDFIDなどの援助機関は、これまでの経験に基づく膨大な量の暗黙知をもっている。これらの経験則をいかに途上国で応用し、現地化していくか。またいかに形式知として国際社会に発信し、日本はリーダーシップを示していけるのか。

この2つの課題の克服に向け、神所長が重要視するのは、JICA研究所と途上国で活動する専門家の連携強化と、幅広い参加者を通じた援助の推進だ。英国のようなイニシアチブをとって日本が開発業界を牽引する日が来るかどうかは、これらの取り組みの成功にかかっているといえそうだ。(ロンドン=松栄健介)

*神公明所長の講演内容は個人の考えで、JICAの意向とは関係ありません。