フィリピンの子どもの人気職業「教師」がランクダウンか、理由は“高まる教育熱”?

アンケートに答えるセブ大学の学生アンケートに答えるセブ大学の学生

「フィリピンでは、先生になりたい子どもが減っている」。2016年からセブの小学校で教鞭をとる予定の大学4年生クラット・ラフォルさん(23)はこう話す。なぜか。最大の理由は、より良い教育を子どもに受けさせる親が増えたことで、子どもにとって将来の選択肢が広がったことにありそうだ。

■医者・会社員・サービス業

「将来の夢は何か」というアンケート調査を、セブ市の大学、ショッピングモール、街中で小学生~大学生49人を対象に実施した。その結果、一番人気は教師。2位が医者で、3位が会社員だった。男女別にみると、男子は1位教師、2位医者、3位芸能人。女子は1位会社員、2位サービス業(レストランやホテルなど)、3位医者だった。

おもしろい結果が出たのは、年齢別にデータを分析した場合だ。12歳以下では、教師が依然として1位で、2位バスケットボール選手、3位ファッションデザイナーだったが、それより上の年齢になると教師の人気がガタ落ちしたのだ。

13~15歳では1位がエンジニアで、2位会社員、3位医者。16歳以上だと1位医者、2位会社員、3位サービス業(レストランやホテルなど)となった。

0915一番さん、先生

■夢は変わるもの‥‥

年齢が上がるにつれて、低下する教師人気。その理由を探ろうと、夢が「昔」と「今」、どんな理由から変わったのかを聞いてみた。

夢が変わった一番の理由は、職業の内容を知ったことによる進路の変更だった。「エンジニアについて調べたら、自分にあっていなかった」「教師は大変な仕事だと気付いた」といった声が聞かれた。

2番目の理由は学力や能力の不足。「医者になりたかったけど、勉強についていけなかった」「身長が低いのでバスケの選手は諦めた」などだ。

3番目は経済的な事情。「家庭が貧しいので学校に行けず諦めた」「貧しかったので、大学を中退するしかなかった」。このほか「漠然としていた夢だったから」「親に反対されたから」といった理由もちらはら。さまざまな理由で子どもたちは夢を変えていた。

■教師はCAより高給取り

フィリピンの子どもたちにとって、教師が人気の職業なのは、身近さに加えて、「家族を養えるか」「自分でもできそうか」といった現実的な視点が入るからといえる。

世界各国の収入を職業別にまとめたウェブサイト「ワールド・サラリーズ」によると、フィリピンの教師の平均月収は1万5000ペソ(約3万9000円)で、キャビンアテンダント(CA)の1万2500ペソ(約3万2500円)やホテル受付の8800ペソ(約2万2900円)より多い。

また、フィリピン政府が発表した2015年度予算案によれば、教育省への配分額は3670億ペソ(約7610億円)。これは、予算総額2兆6000億ペソ(約6兆8000億円)の約12%を占める。教育予算は前年比18.6%増で、伸び率は最も大きかった。こうした数字を見る限りだと、教師の環境は、他の職種に比べて悪くないといえそうだ。

セブの小学生

セブの小学生

■優秀な子どもは特進クラスへ

ではなぜ、教師を希望する子どもが減っているのだろうか。

最も大きな理由は「教育熱」だ。フィリピンは学歴社会。そのため貧しい家庭でも、子どもの将来のために教育にお金をかける親が増えている。公立校の授業料は無料だが、子どもの成績が良ければ、年間3500ペソ(約1万円)程度を払って、サイエンスクラス(特進クラス)に入れる。

サイエンスクラスでは、普通クラスに加えて、コンピューターなどいくつかの特別授業を行う。サンドラ・アスティンくん(16歳)は「親がサイエンスクラスを受けさせてくれたおかげで、理系に興味を持ち、教師から医者に夢を変えた」。十分な教育を受けることで、将来の夢の選択肢が増えたわけだ。

■人口爆発で教育レベルが低下か

教師の人気を下げる要因はほかにもある。人口爆発を背景にフィリピンでは教師が不足し、それに伴い学力が低下しているとの指摘もある。米中央情報局(CIA)によると、フィリピンの人口は2014年末時点で1億572万人。年間1.9%のペースで増えている。

小学校の児童はフィリピン全土で2014年と比べて3.3%、実数にして58万6000人増えた。こうした事情から、公立小学校の教師は約4万4000人不足している。これは、教師1人当たりの負担が大きくなっていることを意味する。授業の質が下がれば当然、子どもの学力は下がっていく。

教師になるには、大学を卒業し、教員試験に合格する必要がある。だが学力が伴わなければ、教師にはなれない。リア・モンカダさん(22)は「公立校出身の友だちは先生になることを希望していたが、試験に落ちて諦めた」と語る。

教育予算が大きいといっても、人口増加のペースに見合う金額ではないのは明らか。成績が微妙な子どもは、教師になる夢を諦めるケースが少なくないという。

フィリピン大学(UP)セブ校の学生

フィリピン大学(UP)セブ校の学生

■英語ができれば海外で働く

海外への頭脳流出もまた、教師を希望する人が減る一因になっている。教師になるには、英語を含む国家試験を通る必要がある。言い換えれば、教師になれる人は英語力も高い。ならばその英語力を使って、海を渡り、教師よりも高い給料の仕事を見つけたほうが得との判断が働く。

ジェーン・クシュさん(23)は「友だちは過酷な労働環境や、割に合わない賃金で働いていた。だが英語が得意だったので、サウジアラビアに行き、今はそこで会社員をしている」と説明する。

高まる教育熱、それに逆行する教師不足――。さらなる人口増加や、15年からスタートしたK12制度(中等教育をこれまでの4年から6年に増やす)を受け、フィリピンでは教育の競争はますます過熱しそうだ。しかしどうやって優秀な教師を手当ていくのか。フィリピンはいま、このジレンマに直面している。