【interview】きょうから釜山ハイレベルフォーラム、JANICの水澤恵調査・提言グループマネージャーに聞く「パリ宣言・アクラ行動計画からさらなる前進を」

国際協力NGOセンター(JANIC)の水澤恵調査・提言グループマネージャー国際協力NGOセンター(JANIC)の水澤恵調査・提言グループマネージャー

開発援助の「質」についての世界のルールを決める国際会議「第4回援助効果ハイレベルフォーラム(釜山HLF4)」が2011年11月29日から3日間、韓国の釜山で開かれる。98の日本の国際協力NGOが加盟する「国際協力NGOセンター(JANIC)」の水澤恵調査・提言グループマネージャーに、NGOの立場から、この会議に対する期待と課題を聞いた。

■貧困層の視点に立った指標の策定を

――釜山HLF4にはドナーや途上国政府、国際機関、NGO、民間企業などから約3000人の援助関係者が参加する。日本の国際協力NGOはこの会議をどう位置付けているのか。

「釜山HLF4は、NGOも含めて援助に携わるすべての人にとって重要な会議だ。世界経済が失速し、日本の政府開発援助(ODA)もピーク時(97年の1兆1687億円)の半分に落ち込むなか、ミレニアム開発目標(MDGs)達成のために援助の『質』をいかに向上させられるかが問われている。

(援助の質の向上のためのルールを定めた)05年のパリ宣言、08年のアクラ行動計画で合意された内容(指標)を後退させず、前進できるかどうかにNGOは注目している。釜山HLF4では、パリ宣言とアクラ行動計画から“深化・発展させた指標”を作るよう合意できることを望んでいる」

――深化・発展させた指標とはどんなものか。

「援助は貧しい人たちのためのものだ。ドナーのためではない。援助は、その受け手が活用方法を決めるとき、最も高い効果を発揮する。貧困削減に実際どれぐらい寄与したかが、援助の質として一番重要だ。

ところがドナー諸国は、ODAの『費用対効果』(バリュー・フォー・マネー)を示せ、という強い国内圧力にさらされている。この流れでいってしまえば、長期的な成果よりも、数値化しやすい短期的な結果が優先されかねない。MDGsの達成に向けたここ10年の努力を無駄にしないためにも、指標は、援助の成果を貧困層のニーズに基づいて定義される必要がある」

■ドナーはパリ宣言を守らなかった

――パリ宣言では、途上国は、貧困削減戦略の策定や腐敗の撲滅などを通じた援助管理能力を向上させることを、ドナーは、開発の受け手(被援助国)のオーナーシップの尊重や援助管理の責任・権限を途上国政府・市民に委譲することをそれぞれ約束した。だがこの6年間、これらの指標は守られてきたのか。

「経済協力開発機構(OECD)が2011年発表した『パリ宣言モニタリング報告書』によると、途上国はほとんどの約束を守った。しかしドナーは、13の指標のうち1つ(ドナー間の相互調整)しか達成できなかった。これは散々たる結果だ。

それどころか、ドナーにとって都合の悪い指標やルールはなくしてしまえ、という動きすら出てきた。(釜山HLF4の最終日である12月1日に採択予定の)釜山宣言のドラフトには、12年6月までに指標群を作ると書かれているが、ドナーの後ろ向きな動きをNGOとしては注視していく」

――日本政府はどんなスタンスなのか。

「日本政府は、パリ宣言やアクラ行動計画をなくそうとは考えていないようだ。ただ、現在の指標は細かく決まり過ぎているとして『限られた数の指標(limited number of indicators)』にしたいとの意向をもっている。具体的にいくつぐらいの指標が適切なのか、と外務省に尋ねても、明確な答えは返ってこなかった。

援助の質にかかわる指標は、途上国で活動するNGOにとって大きな関心事だ」

■グローバルのモニタリングも不可欠

――指標をモニタリングする体制についても釜山HLF4では議論されるが。

「指標を意味あるものにするには、その達成度をモニタリングする体制が不可欠だ。モニタリングは、それぞれの途上国(カントリーレベル)で実施するものと、グローバルレベルの2種類がある。

ところがドナー側は、モニタリングにかかる時間と資源の浪費を防ぎたいとして、グローバルレベルのモニタリング体制を縮小し、カントリーレベルのモニタリングのみを重視しようとしている。これは、モニタリングの責任を途上国に押しつけかねない。この動きをNGOは危惧している」

――これは具体的にどんな問題をはらむのか。

「世界共通の指標に基づくグローバルレベルのモニタリングは援助の手法や流れを比較可能にする。言い換えれば、援助効果向上のためにピアプレッシャーを働かせるという意味をもつ。パリ宣言モニタリング報告書も、グローバルレベルのモニタリングは援助効果の向上に重要なインセンティブとして機能した、と評価している。

途上国だけのモニタリングだと、極端な話、ドナーが求める『成果』を被援助国が挙げなければ、ドナーによっては援助を凍結するといった可能性も出てくる。グローバルレベルのモニタリング体制を緩めるべきではない」

――NGOはこの問題にどう対処するのか。

「指標改定と併せてモニタリングのやり方についても、12年6月までに具体案が出されることになっている。日本のNGOとしては、OECDの開発援助委員会(DAC)に加盟するドナー、非加盟の新興ドナー(中国やブラジルなど)、被援助国、国連機関、NGOなどで構成する技術作業部会を設置し、議論してもらうことを提案したい」

■新興ドナーは釜山宣言を採択するのか

――援助業界はいま激変期にある。それを象徴するのが、欧米や日本などの伝統的ドナーではない、中国をはじめとする「新興ドナー」の台頭だ。今回の会議でも新興ドナーの位置づけが大きな焦点となる。

「経済危機の余波を受け、欧米や日本などの伝統的ドナーのプレゼンスが低下していくのとは対照的に、中国やブラジル、インド、湾岸諸国などの新興ドナー(24カ国に上る)、民間企業など新しい開発アクターの存在が目立ってきた。

ただ新興ドナーはDACに加盟していないため、これまでDAC主導で合意してきたパリ宣言やアクラ行動計画など、援助の国際的な取り決めは新興ドナーに対して何の効力ももたない。釜山HLF4では、DAC非加盟の新興ドナーをいかに議論に巻き込み、合意まで持ちこめるかが重要だ」

――新興ドナーは釜山宣言を採択するのか。

「新興ドナーを巻き込むと、合意する基準が難しくなると日本政府は懸念している。交渉が厳しくなるのは間違いないが、(アフリカでの中国でのプレゼンスをみても)DAC加盟国だけで合意しても、内容的に不十分となることは目に見えている。

そもそも釜山宣言は、誰が採択するのかといった不透明な部分がある。DAC諸国は当然、採択に参加するだろうが、新興ドナーについてはまさにいま、どんな立場で採択するのか交渉中だ」

■すべての援助はアンタイドにすべき

――釜山HLF4では、日本政府にとってはアキレス腱といえる「援助のアンタイド化」についても議論される。

「2015年までに『すべての援助』をアンタイドにする、との文言を釜山宣言に入れられるかどうかNGOは注目している。

DACはかねてから、後発開発途上国(LDC)向けの援助をアンタイドにするよう勧告を出してきた。だが『すべての援助』となると、LDCだけでなくすべての国が含まれるうえに、また技術協力や食料援助など、これまでアンタイドが義務付けられてこなかった分野も対象となる。

食料支援のアンタイド化は、米国は反対しているものの、欧州連合(EU)やカナダは賛成の立場を表明している。その理由は、食料支援を現金で供与し、その資金で、援助対象となる国、またはその隣国で食料を調達したほうが文化的に合うし、コストも安くなるからだ」

――しかし日本政府は、ODAを使って、東日本大震災の被災地の食料を調達し、それを現物支給という形で途上国の援助に振り向ける方針だが。

「もちろんこれも認められなくなる。そもそも途上国のニーズや援助効果よりも、援助する側の都合を優先させる『タイド援助』にNGOは強く反対している」

――ただパリ宣言モニタリング報告書では、援助のアンタイドについて日本の成績は良かった。これをどうみるか。

「日本政府は、援助のアンタイドについて『無償資金協力では、主契約が日本企業であっても、日本企業が発注する下請けがアンタイドであれば、アンタイドとする』という独特の決まりを定めている。これは国際基準とは大きく異なる。つまり見た目の成績が良かっただけで、DACの対日援助審査でも、この日本的な決まりを直すよう指摘を受けている。

日本政府にはまずDACの認識と違うこの解釈を改め、すべての援助のアンタイド化に向けて努力してほしい」

■透明性の世界基準にIATIの採用を

――3年前のガーナ・アクラでの会議では「援助の透明性」の重要性も認識された。今回の会議ではどんな議論になるのか。

「援助の透明性を確保するツールについて、釜山宣言ではどんな文言が盛り込まれるのかをNGOは注視している。英国際開発省(DFID)や世界銀行、国連開発計画(UNDP)などが立ち上げた『国際援助透明性イニシアチブ(IATI)』が主要な基準となるかどうかがポイントだ。

IATIでは、誰がどの国にいつ、どれくらいの資金を出し、そこでどんな活動をしているのかがわかるようになっている。被援助国にとっては、今後の援助の予定が立てやすいというメリットがある。

ところが日本政府はIATIを唯一の透明性の基準とすることに反対の立場を示している。ODAの見える化サイトを立ち上げるなど、情報公開について努力はしているが、日本語のみで情報発信しても途上国の政府や市民へのアカウンタビリティー(説明責任)は果たせない。英語や現地語にも対応すべきではないか」

――日本政府が援助の透明性を確保できるよう、NGOはどうかかわっていくのか。

「NGOは、援助の透明性についてIATIを基本の基準とすることを支持している。各国共通の測定方法があったほうが、被援助国の市民へのアカウンタビリティーが確保できるからだ。

可能であれば、日本政府と一緒になって、IATIの基準と比較して日本はどの部分の情報公開ができていないのかなどを検討し、日本の援助の透明性の向上のために取り組んでいきたい。被援助国の民主的なオーナーシップを促進するうえでも援助の透明性確保が大事であることは言うまでもない」

――「援助の予測可能性」もアクラ行動計画でその重要性が明文化された。しかしパリ宣言モニタリング報告書では日本の成績は悪かった。

「日本の援助プロジェクトは単年度契約になっている。被援助国からしてみれば、援助計画を立てるのは難しい。日本がいつ、どんな援助をするのかを被援助国が予測できるよう、やり方を改善すべきだ」

■「顔の見える援助」か「貧困削減」か

――欧州のドナーを中心に、プロジェクト単位の援助から、被援助国の一般会計に直接資金を拠出する援助スキーム「一般財政支援」への転換が進みつつある。日本政府はなぜ、一般財政支援に消極的なのか。

「被援助国のガバナンスを懸念しているようだ。ただ実際は、被援助国にガバナンスが確立されていても、日本政府は一般財政支援に慎重な姿勢を崩さない。タンザニアの保健分野などでトライアル的に手がけた例はあるものの、現状はプロジェクト型援助がほとんどだ。

もうひとつの理由として、日本政府には日本独自のODAをやっていきたいという思惑がある。どのプロジェクトが日本の援助なのかを途上国の人にわかってもらう、いわゆる『顔の見える援助』に外務省はこだわっている」

――NGOは一般財政支援をどうとらえているのか。

「MDGsを達成するためには日本も一般財政支援をもっと増やすべきというのがNGOのスタンスだ。最も大事なのは援助効果が向上し、貧困削減にどれぐらいつながったかどうかということ。日本だけの顔が見えても仕方がない」