アラブの春は「クリスチャンの冬」?  イスラム原理主義者による迫害強まる

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「アラブの春」が世界的に注目を集める陰で、中東で暮らすキリスト教徒(クリスチャン)は故郷を追われ、国外に逃げている。アラブの春以降、イスラム原理主義の風が中東に吹き荒れているからだ。キリスト教徒への迫害が強まる様相は「クリスチャンの冬」と形容できる。

■反政府軍に入隊か国外脱出か

シリアの首都ダマスカスで先ごろ、セント・エリアス・ギリシャ正教会の聖職者が路上で殺された。

アラブの春に隠れたこうした事件はあまり報道されないが、シリアではここにきて、反政府軍によるキリスト教徒の殺害が目立ってきた。この背景にあるのは、キリスト教徒らが、打倒アサド政権を掲げる反政府軍に加わらないからだ。アサド政権がキリスト教を認めてきた経緯もあって、シリアのキリスト教徒はいまもアサド政権を支持しているといわれる。

シリアの人口の10%はキリスト教徒だ。数にしておよそ150万人。シリアは、大統領はイスラム教徒であることが義務付けられているものの、イスラム教を国教と定めていない。アラブの中ではキリスト教に「寛容だった」国のひとつだ。

だが長引く内戦と軌を一にしてキリスト教徒に対する迫害が強まった。多くのキリスト教徒が難民として国外に脱出したことから、米国務省によると、シリアのキリスト教徒の比率は全人口の8%に下がった。激戦地のひとつアレッポは、シリアで最も多くのキリスト教徒が暮らしているともいわれる。

反政府軍の兵士らは、キリスト教徒に対して「反政府軍に加わるか、国外脱出するか」の二択を迫る。入隊を断ると、殺されるケースも少なくない。また、キリスト教徒が住む村が、反政府軍から攻撃されることもざらだ。

「キリスト教徒はテロリズム(反政府軍)のターゲットになっている。反政府軍が政権を掌握すれば、シリアのキリスト教徒を国外追放するだろう」とキリスト教徒らは不安を募らせる。

■キリスト教徒は米国の手先

「クリスチャンの冬」を迎えているのはシリアのキリスト教徒だけではない。そもそも中東では、少数派のキリスト教徒はかねて、社会的に不遇な扱いを受けてきた。

エジプトのコプト教徒(キリスト教の一派)は、イスラム教を国教とするエジプト政府から受ける差別と抑圧に耐えかね、80年代から60万人が国外に逃れた。エジプトのキリスト教徒は1800年代から、公職に就くことが認められず、「二級市民」の座に甘んじている。

イラクでは、英国の支配から独立した1932年以降、キリスト教徒が国外に移民し始めた。当時140万人いたキリスト教徒はいまや50万人と3分の1に。2011年には、首都バグダッドのカトリック教会が襲撃され、祈りを捧げていたキリスト教徒50人が死んだ。「キリスト教徒は米国の手先」として拉致・殺害されるケースは後を絶たない。

アラブの春の先鞭をつけたチュニジアでは、ガーディアンによると2万5000人のキリスト教徒が暮らす。2004年の英エコノミストの調査では、チュニジアはアラブで最もキリスト教に寛容な国といわれ、宗教の自由が認められていた。一夫多妻制の禁止をはじめ、女性の参政権を認めたり、女性の権利保障と社会進出を進めるといったリベラルな政策も促進されていた。

ところが、キリスト教徒も参加したジャスミン改革で、ベンアリ大統領が失脚すると、状況は一変した。イスラム政党「アンナハダ」が第一党になるなど、イスラム教が勢力を伸ばす半面、キリスト教徒が支持するリベラル派の議席はわずか10%にとどまっている。

■欧米のパレスチナ介入は“十字軍”

イスラエルとパレスチナ自治区でも、キリスト教徒の8割が信仰の自由などを求めて国外に移住した。両国・地域では1894年には人口の13%をキリスト教徒が占めていたが、現在は2%以下。パレスチナ在住のキリスト教徒は現在19万6500人いるものの、イスラム教対ユダヤ教の戦いの狭間で、働く場所もなく、生活に困窮している。

キリスト教徒が差別される大きな理由には、欧米のキリスト教国がパレスチナ内戦に介入していることがある。「十字軍がイスラム教徒を弾圧するためにやったことを、欧米はいまも繰り返している。イスラム教徒にとってみれば、これはジハード(聖戦)を仕掛けられていると思うのだろう」とパレスチナ在住のキリスト教徒は言う。

“進歩的”なイスラム教国といわれるトルコでも、キリスト教徒は迫害されている。キリスト教に改宗したイスラム教徒に対して重い罰を科すという。同様の行為は、サウジアラビアやイランでは死刑。バーレーンやヨルダン、クウェート、カタール、オマーン、イエメンでは財産の没収、結婚の解消、家族による「名誉殺人」、投獄、拷問などが待っている。

アラブの春という名称は、“欧米流の民主主義”がアラブ諸国に広がることを期待して欧米が付けた。だが現実は、イスラム原理勢力が台頭し、政権を掌握した。アラブ諸国で起草中の新憲法は、女性の権利を制限したり、表現の自由を禁じたりといったイスラムの伝統的価値観が濃く、キリスト教団体は政治のイスラム化を恐れている。

アラブのキリスト教徒たちは2000年もの間、信仰を守り、ひっそりと暮らしてきた。それが皮肉にも、アラブの春が起きたことで、さらなる試練に直面している。(今井ゆき)