途上国の女性を苦しめる「バース・フィスチュラ」をなくせ! 5月23日に東京女子医大でシンポジウム

タンザニアを訪問したララアース(Lapis Lazuli Earth)の小笠原絢子さん(左)。年内には、バース・フィスチュラの専門病院があるエチオピア・アジスアベバを訪問する予定だタンザニアを訪問したララアース(Lapis Lazuli Earth)の小笠原絢子さん(左)。年内には、バース・フィスチュラの専門病院があるエチオピア・アジスアベバを訪問する予定だ

「今まで知らなくてごめんね」。医療関係者の間でさえ知られていない病気がある。「バース・フィスチュラ」だ。冒頭の言葉は、この病気の過酷な現実を初めて知ったとき、助産師の小笠原絢子さんの口から思わずもれたものだ。

小笠原さんがバース・フィスチュラを知ったのは2015年2月。米国のドキュメンタリー映画「A Walk to Beautiful」を観たときだった。「なぜ、こんな現状があるのだろう、と映画の帰り道に気持ちが落ち込むくらいの衝撃でした」と当時を振り返る小笠原さん。日本の大学院で研究することになったテーマとの運命的な出会いだった。

■家族に捨てられる

バース・フィスチュラとは、出産時に起こる合併症。膣(ちつ)とその周辺の膀胱や直腸にろう孔(穴)が開く症状をいう。この病気をわずらうのは、主に途上国で暮らし、幼くして結婚させられる少女たちだ。

彼女たちは、骨盤が未発達の状態で妊娠・出産せざるをえない。分娩時に赤ちゃんが狭い骨盤に詰まって、1日から1週間にもおよぶ難産の状態になることもあるという。その場合、赤ちゃんの頭部で組織が圧迫され、血行障害となった組織が壊死する。結果として、膣周辺の膀胱や直腸に穴(ろう孔)が開いてしまうのだ。

問題はここから。難産の末7~9割が死産となり、身体的・精神的に傷つきながらも生き延びた彼女たち(サバイバー)を待ちうけるのは、社会や家族から見放される孤独と貧困だ。その原因は「におい」と「出産不能になること」の2つがある。

ろう孔は、膀胱側にできると尿が、直腸側にできると便がたれ流しになる。両方をわずらう場合もある。下半身から常に異臭がし、不衛生から感染症で亡くなることもある。家庭では食事を準備することを拒否される。出産能力が重視される農村社会では子どもが産めないことで彼女たちの存在自体が否定される。「神の制裁だ」などいわれのない差別を受けることも。家族から疎まれて粗末な小屋に入れられ、夫は再婚して新しい家庭生活を始めることもあるという。

■アフリカ・中東・南アジアなどに300万人

バース・フィスチュラの歴史は長い。18世紀以降の近代医学により、日本では帝王切開などの処置で撲滅された。しかしアフリカを中心に中東や南アジアなどの30カ国以上では今もなお200万~300万人の患者がいる。毎年5万~10万人が新たにわずらう。

小笠原さんは「手術で9割以上が治療できます。排せつ方法をリハビリすれば、日常生活に戻れます。ですが貧しい農村部では治療できることさえ知られていなかったり、手術代や病院までの交通費が捻出できなかったりする現状があります」と説明する。

「バース・フィスチュラは社会問題。しかも根深い」というのが小笠原さんの持論。なぜなら、女性の社会的地位の低さ、貧困、医療体制、インフラ整備、十代前半からの幼児婚の慣習、本人の望まない妊娠・出産、読み書きできないために情報が得られないことなど、途上国が抱える問題がそこには複雑に絡み合っているからだ。

■「男性に知ってもらいたい」

助産師の仕事と家庭を両立しながら、バース・フィスチュラについて調査・研究した小笠原さんは、修士課程を終えた2017年1月、任意団体「ララアース(Lapis Lazuli Earth)」を立ち上げた。

「小さい子どももいるので、なかなか現場に行けず、大学院では文献研究が中心でした。日常的な実践を何かしたくて、ワンコイン募金を始めました。まずはバース・フィスチュラを知ってもらうために、身近な医療仲間に、例えば安産1回を介助するとワンコインというふうに、仕事の成果が出たら寄付しようと呼びかけています」(小笠原さん)

集まった募金は、米国の「フィスチュラ財団」に手術代とリハビリ代として寄付する。賛同者は医療関係者以外にも広がってきたという。

活動のひとつの成果としてララアースは5月23日の「フィスチュラ撲滅国際デー」に、フィスチュラを知ってもらうことを目的とした「フィスチュラシンポジウム」を東京・新宿の東京女子医科大学(中央校舎)で主催する。「フィスチュラは社会全体で取り組むべき課題。特に男性に知ってもらうことが重要」と小笠原さん。コンフロントワールドやClass for EveryoneなどのNPO法人やアステラス製薬から男性登壇者を招くことで、男性がかかわる機運を盛り上げ、フィスチュラへの社会全体の関心を喚起していきたいと意気込む。