「ソサエティ5.0」は人を幸せにするか? 「誰一人取り残さない」を理念に掲げるSDGsの達成には「市民社会の異論」が大事!

SDGs市民社会ネットワークの稲場雅紀業務執行理事は、東京・市ヶ谷のJICA地球ひろばで8月に開かれた『第2期SDGs大学』(主催:NPO法人開発メディア)に登壇した東京・市ヶ谷のJICA地球ひろばで8月に開かれた『第2期SDGs大学』(主催:NPO法人開発メディア)で話すSDGs市民社会ネットワークの稲場雅紀業務執行理事

「いま私たちが生きているのは、持続不能な社会だ。このままでは、近い将来、極大化する社会の矛盾の調整が必要になり、大きな社会変動が起こる可能性がある」。持続可能な開発目標(SDGs)の実現にとりくむNGOやNPOなどが連携する「SDGs市民社会ネットワーク」の稲場雅紀業務執行理事はこう指摘する。同氏は、社会変革と課題解決の推進役と期待される人工知能(AI)をはじめとする「科学技術イノベーション」について「それだけが先行すれば、人類を不幸にする恐れがある」と疑問を投げかける。

破局が訪れるのは12年後?

「格差は社会を持続不能にする」。これは、30年近い活動歴をもつ社会活動家、稲場氏の口癖だ。

一例として挙げるのが南アフリカ共和国。同国では、プール付きの家の白人居住区とバラック小屋がひしめく黒人居住区が、道路一本を挟んで広がる。黒人を中心とする低賃金労働者を安く働かせる金鉱山の経営者はより豊かになり、金相場が下落すれば黒人労働者は解雇される。人種隔離体制(アパルトヘイト)が終わって25年経つが、貧困層の不満や憎しみで普段から犯罪が常態化し、富裕層は犯罪におびえて暮らす。

国際NGOオックスファムが2017年1月に発表した報告書によると、世界で最も裕福な8人の資産は、最も貧しい36億人分と同じだ。経済格差は凄まじいほど広がっている。

地球資源も持続不能だ。世界自然保護基金(WWF)が2年に1度発表する「生きている地球レポート」では、人類は地球の再生可能な資源量の1.5倍を使っているという。いまから40年近く前に、スイスを拠点とする民間の研究機関ローマクラブが発表した「成長の限界」のグラフは、世界人口、工業化、公害、食料生産、資源量を分析し、2030年を頂点に人類の衰退が始まると予測する。1970~2000年のデータは実際、このグラフに重なる。

稲場氏は「このままいけば、大きな破局が待っている」と危機感をあらわにする。12年後の2030年には、資源供給が行き詰まり、経済は破綻、食料生産は減り、公害が蔓延して人口減少が始まる。

「いまの世代のニーズを満たしながら、地球ひとつ分の暮らしに戻し、未来世代に地球を残していくのが『持続可能な開発』の定義。化石燃料から再生可能エネルギーへの転換は欠かせない」(稲場氏)

■世界規模で儲けても富の再配分は‥‥

社会変動を起こす引き金になるのは、いま起きている大きな社会矛盾だ。巨大IT企業のGAFAと呼ばれる4社(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表される多国籍企業は、ビジネスをグローバルに展開し、巨大な利益を吸い上げる。だが利益の多くをタックスヘイブン(租税回避地)に移すことで、社会へ還元すべき税金は十分に納めないできた。この実態を暴いたのが、2016年に明るみとなった「パナマ文書」だ。

企業の収益構造がITの力を借りてグローバルに発展するのと裏腹に、税制や社会保障など再分配の仕組みは国民国家に分断されたまま。しかも、多国籍企業がグローバルに挙げる収益はタックスヘイブンなどの仕組みにより、各国に還元されない。

企業や資産家を呼び込むために、累進課税の割合や法人税を下げる「下への競争」が展開される。「分配の公正」は過当競争の犠牲となり、格差はさらに広がっていく。収益はどんどんグローバルに、再分配はますますローカルに、という傾向は、放置すれば世界の既成秩序を揺るがすような社会変動につながりかねない、と稲場氏は懸念する。

社会システムがかつて工業社会から情報社会になったとき、第1次、第2次大戦やロシア革命など、非人間的な手段で政治的調整が起きてきた。「米国のトランプ政権や英国のEU離脱は、こうした調整の一局面と考えられる。格差の拡大と、権力の独占や不正がさらに蔓延すれば、2011年に起きた『アラブの春』のような政治変動や社会不安が世界に広がるかもしれない」(稲場氏)

■「AI>人間」でいいのか! 

日本政府は2016年から、科学技術政策の「ソサエティ5.0」を提唱してきた。これは、IoT(モノのインターネット)やAI、ロボット技術などの科学イノベーションによって「経済発展と社会課題を解決する人間中心の社会を築く」とした第5期科学技術基本計画だ。

ちなみに「ソサエティ5.0」は、第5の「超スマート社会」。人類がこれまで歩んできた狩猟社会(ソサエティ1.0)、農耕社会(ソサエティ2.0)、工業社会(ソサエティ3.0)、情報社会(ソサエティ4.0)に次ぐ社会をいう。

「ソサエティ5.0」が「人間中心の社会」となるという点について稲場氏は「科学技術イノベーションが『ユートピア』を創り出すというのは幻想にすぎない」と懐疑的だ。

例えば、自動運転車が導入されれば、どうなるか。苦労して大型免許を取得し、長距離ドライバーとして身を立ててきた人たちの仕事はなくなる。「予測される『大量失業』に対して、再教育、雇用、包摂という道筋で政策が立てられているが、人間は機械とは違う。誇りある仕事を科学技術に奪われれば、人生を否定されたと感じる人たちも出てくるだろう」と問いかける。

中国をはじめとするAI技術開発の国際競争はすでに始まっている。「だが残念ながら、科学技術イノベーションは、私たちの身の回りの具体的な問題を解決するために導入されようとはしていない。目的は、人間を機械に置き換えてコストを削減しないと他社に負けるから、巨費を投じて一番にならないとほかの国に頭を押さえられるから、という『競争の論理』だ。人間不在の競争原理によって進められるイノベーションでは、『人間中心の社会』にはつながらない」(稲場氏)

社会が変わりゆくなかでNGOの役割はますます不可欠になってきている。稲場氏は「いつの間にか身動きが取れない事態にならないように、主権者として監視し、科学技術に対して人間のオーナーシップを確立する『社会の側のイノベーション』をどう進めるかが課題になる」と強く訴える。