2度の自殺未遂と家族にナイフで刺されたセネガルの24歳、「僕はこの国を出ないと生きていけない」

取材の後に、ソファでポーズをとるアラッサンさん。壮絶な半生を語った直後でも、周囲を楽しませる明るさを見せていた(セネガル・ダカールのアラッサンさんの自宅で撮影)

 「セネガルは自由じゃない」

彼は現在、ダカール郊外のンバオにある母方のおじの家で、親せき15人とともに暮らす。3階建ての豪邸だ。生活はにぎやかで、おしゃべりや笑顔が絶えない。シャンデリアが応接間に吊るされ、美しい調度品が各部屋に整えられていた。一見すると何不自由のない生活に見える。

身長192センチの体格と整った容姿を持ち、モデルとしても活動する。町を歩けば多くの視線を集める存在だ。しかしその内面には孤独と苦しみが積み重なっている。

アラッサンさんはセネガル随一の名門シェイク・アンタ・ジョップ大学(UCAD)で法律を学び、卒業した。弁護士になるのが夢だった。

「ジャッジ(他人の価値観を判断する)が嫌いだった。ジャッジに苦しむ立場の人たちを救いたかった」

彼にとってのジャッジとは、自分らしさを否定されることだった。

だが弁護士への道は容易ではない。セネガルでは数年に1度しか司法試験は実施されない。弁護士の数は約400人で、日本の約4万7000人と比べると100分の1以下。司法試験の合格率は公表されていないが、10〜20%とみられ、狭き門だ。

この国を出て生き直す

現在は、おじが経営する家具屋で店長を務める。月収は最低賃金レベルの約6万CFAフラン(約1万5000円)のみ。

「人を救う前に、いまは自分を救いたい」。アラッサンさんはこんな思いを募らせる。

そのためにはセネガルを脱出することだ。国外へ出るには「約5000ユーロ(約80万円)が必要だ」と言う。航空券だけでなく、渡航後の生活を立てるための初期費用も含む。ただ彼にとっては現実的な金額ではない。

アラッサンさんは2025年、スペインを目指す難民船に乗ろうとした。約200人が立ったまま乗る木造のボート(ピローグ)で、セネガルからカナリア諸島を経由して、バルセロナへ向かう。だが手続きが遅れ、アラッサンさんは乗れなかった。

そのボートはカナリア諸島付近で沈没。報道によると乗客約200人のうち195人が命を失った。乗っていたいとこ2人と妊娠中の友人も犠牲となった。

この「カナリア諸島ルート」は世界で最も危険な難民ルートのひとつで、毎年約3000人が命を落とすといわれる。「バルセロナか、死か」。セネガルではこういった言い方をする。「死んでもいい。そのボートでセネガルを出たかった」

いまから2カ月前、アラッサンさんは自室で、気がつくとナイフを手にしていた。命を絶とうとしていたのだ。そのとき彼は「この国にいる限り、自分で自分を殺してしまうかもしれない。恐ろしい」と肩を震わせ、涙を流し、言葉を詰まらせながら語った。

アラッサンさんは普段は明るく、人を楽しませる典型的なアフリカ人の性格だ。だがその裏では実は閉鎖的な家族、文化、社会に追い詰められている。

「空を羽ばたく鳥のように自由な国に行って、自由になりたい」とアラッサンさん。イスラム教については「アッラーはジャッジしない。ジャッジするのはセネガル人だ。アッラーのことは愛している。改宗するつもりはない」と話す。

そんなアラッサンさんの夢は人生をリスタートさせることだ。そう遠くない将来、異国の地に家を建て、安心した人生を築きたいと願っている。それは、これまで奪われてきた「自分らしさ」を取り戻すための人生でもある。

1 2