2016-07-25

HIVの新薬はいまだ患者の手に届かない、国境なき医師団が報告書

2016年7月18日に南アフリカ・ダーバンで開幕した「国際エイズ会議」を機に、国境なき医師団(MSF)は21日、『Untangling the Web of Antiretroviral Price Reductions(18th edition)』を発表した。本報告書では、従来のHIV治療薬の価格は下落する一方、新薬の大部分はいまも患者には手が届かない価格である現状が明らかになっている。主な原因は、製薬会社の独占が続くことにより後発品メーカーによる競争が妨げられ、価格下落につながらないためだ。さらに、後発品の製造で世界首位のインドに対して、米国や日本などから特許政策の見直しを迫る強い圧力がかけられており、安価な医薬品の入手がますます困難になる可能性も出てきている。

特許独占によって価格の高止まりが続く新薬

現在、世界保健機関(WHO)の推奨を受けた、品質保証付き第1選択薬(1日1錠の合剤。テノホビル+エムトリシタビン +エファビレンツ)の最低価格は、1人あたり1年に100米ドル(約1万560円)。MSFが2014年に記録した最低価格136米ドル(約1万4362円)に比べて26%下落した。また、WHOの推奨を受けた第2選択薬による治療(ジドブジン+ラミブジン+アタザナビル+リトナビル)の最低価格は、1人あたり1年に286米ドル(約3万202円)で、2年前の322米ドル(約3万4003円)と比較して11%の下落となっている。

治療薬の継続的な下落は、インドを始めとした製造国の後発品メーカー間の激しい競争に起因している。しかし、他にHIV治療の選択肢がなくなった人に用いられる新薬の価格は、製薬会社の特許独占によって押し上げられ、高止まりしている。HIV治療の選択肢が尽きた人の命を救う治療(ラルテグラビル+ダルナビル/リトナビル+エトラビリン)の最低価格は、現在1人あたり1年に1859米ドル(約19万6310円)。これは第1選択薬による治療の18倍以上であり、第2選択薬のうち現在最も購入しやすい価格に設定された治療の6倍以上となっている。この治療の価格は、1人あたり1年に2006米ドル(約21万1834円)だった2014年と比較し、7%の下落にとどまった。上記は世界最低価格だが、製薬会社の特許が後発品の利用を妨げていることにより、「中所得国」を中心にこれをはるかに上回る価格を支払っている国は多い。

南アフリカ・エショウエにあるMSFのプログラムで医療チームリーダーを務めるヴィヴィアン・コックス医師は「他の治療の選択肢が尽きてしまった人びとのために、新薬を使うHIV併用療法を購入できるようにしなければいけません。10年以上前、数百万人が必要としていた命を救う薬が、存在はするがあまりに高くて手が出なかったときのような危機を避けるべく、この問題に対していま『大声』をあげる必要があります」と話す。

治療薬の変更が必要な患者は徐々に増加

現在途上国では、救命治療を必要とする人の数は比較的少ない水準にとどまっているものの、ウイルス量測定による治療経過観察が標準的になり、第1選択薬と第2選択薬による治療に失敗した人の発見率が向上している。それとともに、薬の組み合わせに変更が必要な人も増えている。MSFのHIVプログラムでは、すでに第2選択薬による治療に移行した人は2013年比で2倍に達した。

「途上国の薬局」インドにかかる巨大圧力

購入可能な価格のHIV治療薬の製造で世界首位に立つインドは、「途上国の薬局」として広く知られている。MSFのプログラムで使用するHIV治療薬の97%以上は、インド産の後発品だ。インド特許法は、特許に値するものについて高い基準を設けているため、後発品メーカー間で激しい競争が可能となる。その結果、第1選択薬によるHIV治療の価格は2000年の1人あたり1年に1万ドル(約105万6000円)から99%引き下げとなり、現在は100米ドル(約1万560円)である。

しかしインドは、公衆衛生を重視する特許政策の見直しを迫る、強い圧力に直面している。特に製薬会社の陳情という後援を受けた米国の圧力は強く、人命より企業の利益が優先される事態も危惧されている。EU、日本、韓国といった他の国もこの動きに追随し、安価な医薬品について、インド国内の製造を制限する通商協定を策定・推進している。インドがこれらの通商協定を受けて政策転換を余儀なくされれば、インドにおける安価な医薬品製造への深刻な脅威となる。

南アジアにおけるMSFの必須医薬品キャンペーン担当、リーナ・メンガニーは「インドは、インドだけでなく途上国全体で数百万人にとって命綱となっている安価な医薬品に対して、製造停止を求める巨大な圧力を受けています。もしインドが、特許法と政策の転換を求める製薬会社や政府に強い態度をとらなければ、世界中の人が将来、医薬品入手にあたって危機に直面することになります」と話す。

プレスリリース:http://www.msf.or.jp/news/detail/pressrelease_3203.html