2021-10-07

「ワクチンメーカーが未曾有の人権危機を助長している」 アムネスティが意見表明

新型コロナウイルス感染症のワクチン展開を主導する医薬品会社6社は、知的財産権の放棄や技術の共有を拒み、低所得国へのワクチン供給を優先せず、前例のない人権危機に拍車をかけている。

アムネスティは、数十億人の命運を握るこの6社(アストラゼネカ、ビオンテック、ジョンソン・エンド・ジョンソン、モデルナ、ノババックス、ファイザー)の公開情報を調べた。その結果、人権保護を軽視する業界の惨状が浮かび上がってきた。

世界中にワクチンが行き渡ることが、この危機を乗り越える唯一の方法だ。大方の予想を超えるスピードでワクチンを開発した6社は、高く評価されるべきだろう。しかし、残念なことに各社は、意図的に知識の移転を妨げ、富める国との取り引きを優先してきた。この対応の当然の結果として、低中所得国は深刻なワクチン不足に陥ることになった。

中南米、アフリカ、アジアの各地が、再び危機に陥り、脆弱な医療体制が崩壊する瀬戸際に追い込まれ、死なずにすんだはずの数万人が毎週のように命を落としている。多くの低所得国では、医療従事者や重症化リスクの高い人ですら、ワクチン接種が受けられない現実がある。

このようなひどい不平等を背景に、ビオンテック、モデルナ、ファイザーは、2022年末までに3社合計で1千300億ドル(約14兆4千億円)の売上を見込んでいる。企業利益が、命より優先されるようなことがあってはならない。

蔑ろにされる人権上の責任

アムネスティは、この危機に対する各社の対応を評価するにあたって、それぞれの人権方針、過去のワクチン価格構造、知的財産・知識や技術の共有、ワクチン分配の公平性、透明性を調べた。その結果明らかになったのは、いずれの企業も程度の差こそあれ、人権に対する責任を十分果たしていないということだった。

医薬品会社が世界に供給した57億6千万回分のワクチンのうち、低所得国に渡ったのはわずか0.3パーセント、一方、高中所得国・高所得国への配布は79パーセントを超えている。新型コロナワクチンの公平な分配を目指す国際的な枠組み「COVAX(コバックス)」を優先的に活用するよう求められているにもかかわらず、ワクチンの囲い込みで知られる国々向けに、備蓄している企業もある。

また各社は、知識や技術を共有することで世界的な供給力を高めようとする国際的な枠組みへの参加を拒否している。さらに、インドや南アフリカが提案している世界貿易機関(WTO)の知的財産権保護協定(TRIPS)義務の免除など、知的財産権を一時的に解除する提案にも反対している。

アムネスティの調査で明らかになった他の点は、次の通り。

・ファイザーとビオンテックが、これまでにスウェーデンに供給したワクチンは、低所得国への供給総量の9倍にあたる。低所得国への総量は、生産量の1パーセントにも満たない。高所得国へのワクチン価格は高いため、同社は2022年末までに860億ドルを超える売上を見込む。

・モデルナが低所得国へワクチンを供給した実績はこれまではなく、低中所得国には、全製造量の12パーセントを供給しただけだ。また、COVAXへの本格的供給は、2022年に入ってからの予定だ。2022年末までに470億ドル(約5兆2千億円)を超える売上を見込む。

・世界で唯一、1回接種ワクチンを開発したジョンソン・エンド・ジョンソンは、ワクチンを原価で提供しているが、COVAXやアフリカ連合と取り決めたワクチンの大半の供給は、2022年に入ってからになる見込みだ。また、数百万回分の製造を申し出たカナダのメーカーには、ライセンスを供与しなかった。

・アストラゼネカは、そのほとんどのワクチンを低所得国に原価で提供し、他の医薬品メーカーにライセンスを一部無償供与している。ただ、世界保健機関(WHO)が主導する技術共有の枠組みなどオープンは否定し、TRIPS免除にも賛同していない。

・ノババックスは、まだワクチンの承認を得ていないが、製造したワクチンのおよそ3分の2をCOVAXに提供するとしている。ただ、知識や技術の共有については同意せず、TRIPS免除にも反対している。

ほとんどの企業が政府から数十億ドル規模の資金と事前注文を受けているにもかかわらず、知的財産を独占し、技術移転を拒み、世界的なワクチン生産拡大策に反対するロビー活動に余念がない。企業の不作為により、数十億人がワクチン接種を受けることができないという人権侵害にさらされている。

100日のカウントダウン

今年も残り100日になった。アムネスティは各国と医薬品会社に対し、その方針を転換し、低所得国・低中所得国にワクチン20億回分の供給を目指して、直ちに行動することを求めている。誰も、もう1年間も感染の恐怖の中で生活するようなことがあってはならない。

アムネスティは、WHOと国連人権高等弁務官の支援のもと、国とワクチン開発会社の責任を問うキャンペーンを世界で始める。アムネスティは、低所得国・低中所得国の人口の40パーセントがこの年末までにワクチン接種を終えるというWHOの目標が達成されることを願っている。その実現に向けて次のことを求めたい。各国には、余剰ワクチン数億回分を再分配することを、企業には、その製造量の少なくとも50パーセントをこれらの国々に届けることだ。

医薬品会社は、何十億ドルもの税金と研究機関の専門知識を元手に、命を救うワクチンの開発に重要な役割を果たしてきた。しかし、より多くの人びとがワクチンを手にすることができるよう、医薬品会社は早急に行動を起こさなければならない。最も必要とする国に優先的に供給すること、知的財産権を一時停止して製法を提供すること、生産拡大に向け他社に製造上の技術指導をすることなどだ。

米国バイデン大統領の呼びかけで開催された新型コロナウイルス対策に関する首脳会合では、来年9月までに世界人口の70パーセントが、ワクチン接種を完了することが目標に盛り込まれた。

すべての人が、ワクチン接種を容易に受けられるようになるかどうかは、各国政府と医薬品会社の肩にかかっている。数十億回分のワクチン調達には、バイデン大統領のようなリーダーが必要だ。断固として行動するリーダーがいなければ、この目標は絵に描いた餅であり、多数の命が失われることになる。

また各国には、誰でもが容易に利用できる良質な医療を提供する施設と医薬品の確保が求められる。さらに、医薬品会社に人権基準に従った対応を求める法律と政策を制定しなければならない。

アムネスティは今回の調査報告書の公表前に、各企業に書状を送った。アストラゼネカ、モデルナ、ファイザー、バイオテック、ジョンソン・エンド・ジョンソンの5社から回答が届き、各社とも、公正で公平な分配が、特に低所得国では不可欠であることを認めている。しかし、どの社もこの目標を達成しておらず、人権責任を十分果たしているとは言えない。

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