東南アジアの人身売買、オーストラリアが取り締まりを本格支援

オーストラリアは、東南アジアでの人身売買を取り締まることを目的に「オーストラリア・アジア人身売買との戦いプログラム」(AAPTIP)を立ち上げた。カンボジア、ラオス、ミャンマー、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナムの7カ国を対象に、ブローカーの調査・洗い出しや人身売買の取り締りなどで各国政府の能力強化を図ることが狙い。

AAPTIPの骨子は、人身売買にかかわる犯罪の実態調査、関連情報を統計化する研究機関の設置、東南アジア域内での協力体制の強化と国境を超える犯罪についての情報交換、1900人以上の専門家への研修、東南アジア諸国連合(ASEAN)事務局へのアドバイザー派遣、人身売買の研究への支援などだ。

■“輸出”されるカンボジア女性たち

AAPTIPの支援先のひとつであるカンボジアは、人身売買の被害者の“輸出国”であり、同時に経由地でもある。人身売買には、ブローカーや親、親せき、友人、恋人、近所の人などが関与している。

主な輸出先は、タイやマレーシア、マカオ、台湾、ベトナムなど。売られた女性は、メイドやセックスワーカーとして働かされるのが圧倒的に多い。また男性の被害者の場合、農業や漁業、建設業などきつい仕事に従事させられる。さらに子どもは、物乞いをはじめ、花売りなどの路上販売を強いられるのが一般的だ。

カンボジアはまた、人身売買の被害者の“輸入国”でもある。ベトナムや台湾などの女性や子どもたちがセックスワーカーとして、プノンペンやシエムリアップ、シアヌークビルなどの街で働かされている。カンボジア国内で働かされる人身売買被害者の8割がベトナムの女性・子ども、との2005年の報告もある。

人身売買は国境を越えるとは限らない。カンボジアでは国内でも横行している。田舎から街へ、子どもや女性をブローカーが連れて行く。被害者らは「都会でメイドとして働ける」と言われ、街に行くが、実際の仕事はセックスワーカーというケースが後を絶たない。

■セックストレードに政府高官も関与

カンボジアで人身売買が広がる要因として、専門家は、都市と地方の収入格差、貧困、失業、教育のなさなどを挙げる。

カンボジア政府によると、人身売買の被害者の出身家庭の76%が家を持ち、93%は家や土地のローンを負っていないという。これは、人身売買の要因が「貧しさのみ」に単純化できないことを示唆する。「母親によって(自分は)売られた」と答えた被害者も全体の43%にとどまっている。

カンボジアは全人口の半数が20歳以下だ。93年まで続いた内戦を経て、国家を再建するプロセスの途中ということもあり、ディーセント・ワーク(やりがいのある仕事)を若者たちに与えることができないのが現状だ。このため若者は国境を越え、仕事を探しにいく。社会で最も弱い層が多くの場合、人身売買の最大の被害者になっている。

こうした事態を重くみてカンボジアは2005年、米国の支援を受け、人身売買被害者を保護する法律を定めた。ところが難しいのは、政府高官や国会議員がブローカーから賄賂を受け取り、セックストレードが円滑に進むよう便宜を図っていることだ。

カンボジアでは1996年に、人身売買の被害に遭う子どもを保護する目的で、15歳以下の子どもに債務を負わせたり、奴隷として扱ったり、強制労働をさせたブローカーに対して15~20年の懲役刑を科す法律が制定された。ただこの法律も、運用面であまり効果を発揮していないようだ。

■被害者は世界で2000万人以上

人身売買を取り締まる動きは徐々に、世界各国で強まってきている。米政府は、カンボジアを訪れる米国人観光客が児童買春をすることを禁止した。またタイ政府は2006年に、タイ国内で強制労働させられていた252人のカンボジア人をカンボジアに送還している。

オーストラリアは、タイやインド、中国、韓国、東欧などからの人身売買の終着点となっている。理由として指摘されるのは、ひとつは、オーストラリア女性がセックスワーカーとして働かないこと。もうひとつは、アジア女性はオーストラリア女性に比べて従順で、暴力を振るっても問題ないという「偏見」がまかり通っていることだ。

こうした現状を改めるため、オーストラリア政府はかねて、ASEAN各国とさまざまな協定を締結し、人身売買への処罰を定めてきた。今回のAAPTIPも、この延長線上にある。

国際労働機関(ILO)によると、世界で2000万人以上が人身売買により、強制労働を強いられているという。被害者の大半は女性と少女だ。(今井ゆき)