デジタル革命とグローバル化で激変する「世界の仕事環境」、勝ち組・負け組に二極化するのか

1224人間開発報告書の表紙

国連開発計画(UNDP)は12月14日、「人間開発報告書2015」を発表した。今回のテーマは「人間開発のための仕事」。地球規模で急速に進む「デジタル革命」と「グローバル化」は、高い技能をもつ労働者にプラスをもたらす一方で、そうでない労働者にとってはマイナスに働き、格差は広がるリスクがある、と報告書は警鐘を鳴らす。

■単純労働は消えゆく?

デジタル革命とグローバル化が低技能な労働者にマイナスに働く理由は、工場やオフィスなどのルーティーン業務がコンピューターにとって代わられたり、他国へのアウトソーシング(業務の外部委託)によって仕事が別の場所に移されたりするからだ。

世界では現在、携帯電話の契約件数は70億件。うちスマートフォンの利用者は23億人だ。インターネット利用者は32億人。こういったIT環境が、たとえばサポートセンターなどのアウトソーシングに拍車をかける。世界のモノ・サービスの貿易は、2005年の13兆ドル(現在のレートで約1563兆円)から2014年は24兆ドル(約2886兆円)へとこの10 年でほぼ倍増している。

問題なのは、インターネットのアクセス状況が均等でないこと。先進国では81%の世帯がインターネットへつなげるが、途上国は34%、後発開発途上国(LDCs)になると7%と下がる。

ただ途上国のインターネットアクセスが先進国並みの水準に上がれば、途上国全体で1億4000万人の雇用が生まれるとの見方もある。うち6500万人はインドで、4400万人はアフリカでその恩恵を受けそうだ。

機械化される可能性が高い職種(右の赤字)とそうでない職種(人間開発報告書2015から引用)

機械化される可能性が高い職種(右の赤字)とそうでない職種(人間開発報告書2015から引用)

■無償労働の4分の3は女性

報告書によると、女性は世界のすべての仕事(時間ベース)の52%を担っている。これは、男性の48%より多い。ところが女性の仕事の場合、子育てや高齢者・障がい者の世話といった「無償労働」に就く割合が3割を超える。無償労働の従事者の4分の3が女性だ。これは、有償労働の3分の2を男性が占める現状と比べると対照的に映る。

世界は今後、高齢化していく。女性が高齢者の世話を担っていることを考えると、介護ニーズの増加は、女性の社会進出にとって足かせとなる可能性がある。家事労働者は世界全体で1360万人不足し、とりわけ65歳以上の長期介護サービスは極端な人材不足に悩まされている。「社会として、政策、制度的な変革、家事労働の分担によって備える必要がある」と報告書は指摘する。

無償の家事労働は通常、国内総生産(GDP)などの経済指標に反映されない。だが各国で試算したところ、インドでは同国のGDPの39%、南アフリカでは15%を占めることがわかった。これは、無償の家事労働の価値が本来はいかに高いかということを示す数字となっている。

■サブサハラは7兆円の経済損失

家事労働には給料をもらう仕事もある。有償家事労働者(メイド)だ。その数は全世界でおよそ5300万人。この83%が女性。他国に行き、外国人の家庭に住み込みで働く家事労働者も少なくなく、その場合、祖父母や親せき、ヘルパーが子どもの世話や家事を肩代わりする。また出稼ぎ家事労働者は現地で、低賃金、長時間労働、セクハラといった搾取にもひんぱんにあうが、当事者は「がまんするしかないと思っている」という。

一般的な仕事(有償労働)でも女性への差別は残っている。女性の収入は男性より平均24%低い。また、世界の企業で上級管理職に占める女性の割合はわずか22%。女性の上級管理職がゼロの企業も32%にのぼる。

労働面での男女差別は経済的にもマイナスだ。報告書は、男女格差に起因する経済損失はサブサハラ(サハラ砂漠以南)アフリカだけでも年間600億ドル(約7兆2000億円)にのぼると記述している。

UNDPのヘレン・クラーク総裁は「必要なのは、男女平等な賃金の保障、有給の育児休暇の提供、女性に対する各種ハラスメントの是正など。それによって『無償の家事労働』の負担を分け合い、女性が労働市場に参加するかどうかを選択できるようになる」と話す。

企業に占める女性管理職の割合(人間開発報告書2015から引用)

企業に占める女性管理職の割合(人間開発報告書2015から引用)

■児童労働1億6800万人

報告書はまた、「負の仕事」についても言及している。負の仕事とは、児童労働、強制労働、人身取引などを指す。

児童労働に従事する子どもの数は全世界で約1億6800万人。子ども(5~17歳)の人口のおよそ11%に当たるという。内訳は男子が約1億人、女子が6800万人。全体のほぼ半数が危険な仕事をさせられている。

強制労働させられているのは2012年のデータで約2100万人。1400万人(67%)は労働搾取、450万人(22%)は性的搾取を受けている。女性・少女の割合のほうが男性・少年よりも大きい。強制労働は年間約1500億ドル(約18兆円)の不法な収益につながっているとみられる。

人身取引も深刻だ。人身取引は、武器、麻薬に次いで儲けが大きい違法ビジネス。2007~10年に118カ国で人身取引が確認され、被害者の国籍は136カ国にも及んだ。被害者の55~60%が女性だった。

不法移民の斡旋も問題となっている。海や陸を越えて他国へ密入国しようとする不法移民から、密航斡旋業者のネットワークがお金をとる。2014年は、主にリビアから欧州へ向かう密航船が地中海で転覆・沈没し、少なくとも3500人が犠牲となった。

9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」は、8番目の目標として「すべての人のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する」と掲げた。

この目標では具体的に「強制労働の根絶」「現代の奴隷制と人身取引をなくすこと」「子ども兵士の募集と利用を含む最悪の形態の児童労働の根絶」「2025年までにあらゆる形態の児童労働を撲滅するために直ちに効果的措置を取ること」を目指していく。

■人間開発指数の最低はニジェール

報告書はさらに、世界各国の人間開発指数(HDI)を掲載した。

HDIとは、人間開発の3つの基本的側面にフォーカスした合成指数。その3つは「長寿で健康な生活」「知識を獲得する能力」「十分な生活水準を達成する能力」。それぞれ出生時の平均余命、平均就学年数と予測就学年数、1人当たり国民総所得(GNI)で数値化する。1.0が最高点だ。

HDIが最も高かったのはノルウェー(0.944)。以下、オーストラリア、スイス、デンマーク、オランダの順。アジアの首位はシンガポールの11位、日本は20位だった。途上国トップはアルゼンチンの40位。次いでチリ(42位)、ベラルーシ(50位)、ウルグアイ(52位)、カザフスタン(56位)と続く。米国は8位、キューバは67位、中国は90位、タイは93位、南アフリカは116位、ミャンマーは148位だった。

最下位(188位)はニジェールの0.348。ワースト17はすべてサブサハラアフリカが占めた。

世界全体のHDIは1990年以降、25%超伸びている。とりわけ後発開発途上国は1.5倍以上にポイントアップした。1990年から2015年までに、極度の貧困にある人口は19億人から8億3600万人に減った。5歳未満児の死亡数も1270万人から600万人に減少。こうした進歩には労働が寄与している、と報告書は強調する。

ただ世界ではいまだ、7億8000万人の成人と1億300万人の若者(15~24歳)が読み書きできない。基本的技能を学んでいない子どもも2億5000万人いるという。

人間開発指数のワースト21カ国(人間開発報告書2015から引用)

人間開発指数のワースト21カ国(人間開発報告書2015から引用)