「グローバリゼーションは悲劇をもたらす」、ジェフリー・サックス氏が警鐘

0321吉田さんphoto講演するジェフリー・サックス米コロンビア大学地球研究所長

グローバリゼーションが加速する中、途上国開発をどう進めていくべきか。開発経済学の世界的権威で、米コロンビア大学地球研究所長のジェフリー・サックス氏は3月13日、英ロンドン大学経済政治学院(LSE)がロンドンで主催したセミナー「持続的開発をどう達成するか?」で講演した。サックス氏はベストセラーの著書「貧困の終焉」で広く知られ、米誌タイムが選ぶ「世界で最も影響力のある100人」にも名を連ねる。

■地球はすでに「成長の限界」

グローバリゼーションは1990年代から本格化し、地球上の思考や資本、資源の自由化・流動化を可能にした。この恩恵にあずかる形で、多くの途上国はこのところ年5~6%の経済成長を遂げている。

そこで問題となるのは、この成長が持続的かどうかだ。サックス氏は「環境破壊」と「人口増加」の2つの観点から、「いまのグローバリゼーションは持続不可能」と言い切る。

サックス氏と同様の主張は、1972年に発表された「成長の限界」(環境破壊や人口増加の傾向がこのまま続けば、100年以内に地球上の成長が限界を迎えるという主張の研究)や、スウェーデン・ストックホルムで同じ年に開催された国連人間環境会議でも触れられている。だが、いまだに解決されないグローバルな課題となっている。

■資源の乱用は環境を破壊する

経済を成長させるために天然資源は不可欠だ。だが資源の乱用・搾取によって地球に対する負荷がこのまま増え続けていくと、壊滅的な環境変化が起こる可能性がある、とサックス氏は警鐘を鳴らす。

2012年10月に米国東海岸を襲ったハリケーンや、2011年にタイで起きた大洪水などは、100年に1度の規模の自然災害といわれた。これはつまり、人類が安全に活動できる「地球の境界」が、世界で頻発する異常気象によって限界に差しかかっていることを意味する。

気候科学の第一人者ジェームス・ハンセン氏によると、1950~2011年の約60年間で地球の気温は上昇したが、最悪の場合、今世紀末までにさらに5度以上高くなるという。これは、もっと大きな気候変動をもたらす、とサックス氏はみている。

■人類が人類を滅ぼすのか

地球温暖化を引き起こす元凶が、二酸化炭素(CO2)の増大だ。世界で排出されるCO2の量は2012年で340億トン。大気中のCO2濃度は396ppm(0.0396%)にまで高まった。ちなみに産業革命前は推定280 ppmだった。

CO2の増加は、海面水位や降雨量、干ばつ、生態系などにインパクトを与える。生態系へのダメージを例にとると、CO2が増えることで海面水が酸性化するという問題がある。これによってプランクトンやサンゴ、さらには貝類や甲殻類など炭酸カルシウムの殻をもつ生物の成長が妨げられ、食物連鎖に悪影響を及ぼすといわれる。

地球温暖化以外では、「化学肥料」の過剰な消費も、環境破壊の要因となる。世界の化学肥料の使用量は年間1.5億トン。化学肥料の一部は作物に吸収されないため、その成分である窒素やリンは川や海に流れ出し、水域で富栄養化をもたらす。これに伴い、植物プランクトンが増え、水中は酸素不足の状態になる。

サックス氏は「無農薬栽培が望ましくても、地球上の72億人を養うには化学肥料を使わざるを得ない。だがこうした私たちの生産活動が地球のバランスを崩している」と強調した。

■貧困が貧困を生む

環境破壊は当然、食料供給にとってもマイナスだ。世界の食料価格は近年上がり続けているが、「この高騰で、投資家や腐敗した政治家が利益を得ている。彼らは、貧しい住民から土地を剥奪し、奪った土地で輸出用作物を栽培する。こうした作物が、貧しい住民の口に入ることはない」とサックス氏は問題の大きさを訴える。

ノーベル賞経済学者のアマルティア・セン氏は著書「貧困と飢饉」の中で、「飢餓は、食料不足ではなく貧困によって生じる」という購買力不足の問題を指摘した。この事象は、グローバリゼーションによって現実の世界で顕在化している。資源やインフラ、公共サービスの不足・不備とも相まって、世界の貧困層は、グローバル市場から置き去りにされ、貧困の負の連鎖に陥っている。

■サブサハラの人口は33億人に

人口爆発も開発の大きな足かせだ。世界人口は2050年に90億人を超えるとの予測もある。

世界の人口増加率をみると、1970年代初めは2%だった。現在は1.1%に下がっているものの、世界の人口は依然としてハイペースで増えている。そのほとんどが途上国。国連によれば、サブサハラ(サハラ砂漠以南)アフリカの人口は、2010年の8億5000万人から2100年には33億人に達する見込みだ。

サブサハラアフリカの出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数)は5~7人と多い。とりわけ貧しい家庭では、子どもを多く産めば産むほど、子どもに十分な保健・教育を提供することが難しくなるという現実がある。

多産を食い止める手段として、「家族計画」の普及促進が注目されている。家族計画とは、女性を避妊具へアクセスできるようにすることで、望むときに子どもを産めるようにすること。だが根深い貧しさやその社会の慣習からその実現は簡単ではない。

■課題解決のカギは技術・価格・意識

あまたの開発課題をどう解決できるのか。サックス氏は「公的サポートと投資が有効」と力説する。その際にカギとなるのが「テクノロジー(技術)」と「価格」だ。

テクノロジーの進化は、人類に多くの選択肢をもたらした。そのひとつが自然エネルギーだ。太陽光発電の1ワット当たり価格は30年前、50ドル(現在のレートで約4800円)と高かった。ところがいまや70セント(約67円)に下がり、これが追い風となって、途上国の僻地にも電気は普及しつつある。「テクノロジーは、使う方向さえ間違わなければ、良い変化をもたらす」とサックス氏は言う。

価格の特性をうまく利用することも重要だ。グローバリゼーションや情報技術(IT)によって、情報伝達コストはどんどん下がっている。情報を世界規模で共有し、さらにそれを一歩進める。たとえば「市場にインセンティブを働かせ、(温室効果ガスの)排出権取引や(環境税などの)課税を可能にする。価格の仕組みをうまく活用すべきだ」(サックス氏)。

サックス氏は最後に、重要なもうひとつの解決の糸口を挙げた。それは、地球で暮らす一人ひとりの「意識」だ。

「私たちは、現在と未来のすべての人類に対して、共通の責任と義務を負っている。地球はひとつしかないし、時間は待ってくれない。正しい展望をもち、経済、社会、政治的な観点から、今後の方向を形作るべきだ」(ロンドン=吉田沙紀)