【フィジーでBulaBula協力隊(16)】「フィジーは先住民の土地!」、民族対立の火種は“フィジー系びいきの制度”にあり

フィジー系の子どもたち。写真の子どもたちは同じマタンガリ(親族で作る共同体組織)に属している。マタンガリ内では土地、食べ物、家など何でもシェアするフィジー系の子どもたち。写真の子どもたちは同じマタンガリ(親族で作る共同体組織)に属している。マタンガリ内では土地、食べ物、家など何でもシェアする

「フィジーは先住民の土地だ!」。私の友人であるフィジー系住民がふと漏らした言葉だ。フィジー系とインド系、2つの異なる民族が暮らす南国の島国フィジー。オフィスで一緒に働く姿をみると、どこに確執があるのかと思わなくもないが、1970年のフィジー独立以前から両民族は、政治や経済の面で対立してきた過去を持つ。

最大の火種は、先住民であるフィジー系を過剰に優遇した土地制度だ。土地の所有、使用についてフィジー系は大きな特権を与えられている。対照的にインド系にとって土地の所有は言うまでもなく、借りることさえ簡単でないとの現実がある。今回の連載では、フィジーの土地制度とその背景を掘り下げてみた。

■国土の8割をフィジー系が所有、専用の漁場も

「フィジーがここまで発展できたのはインド系の力が大きい。それなのに、自分の土地も持てないなんて! 残酷すぎる」。こう口にするのは、青年海外協力隊員として私が活動するシンガトカ町(フィジー本島西部)役場のインド系スタッフだ。

フィジー系とインド系はほぼ同じ割合でこの国に暮らす。だが、耕作可能な土地の8割以上を所有しているのはフィジー系。フィジー系の多くは自ら小作農をするかたわら、土地のリース収入を得て生活している。土地の大半は、家族や親類を単位とするフィジー系の共同体「マタンガリ」に属しているのも特徴だ。マタンガリを通して土地を管理・使用し、インド系にもリースするのがフィジー系の代々の生計手段だ。

「イトケイ(フィジー語で所有者の意)権」といわれるフィジー系の特権は、土地だけにとどまらない。それぞれのマタンガリは「ゴリゴリ」と呼ばれるフィジー系専用の漁場まで持つ。

ゴリゴリは食料を得たり、生活の場であるだけでなく、外部に開放して使用料を徴収するなど、フィジー系にとっては農地に次ぐ大きな収入源となってきた。民族の平等を志向するバイニマラマ政権(首相はフィジー系)は2006年、この制度を廃止した。ところが地方ではいまもゴリゴリが残り、利益を得ている村や共同体は多い。

一方で、インド系の境遇は最悪だ。まず、フィジー国土の8割以上を占める「ネイティブランド」の所有は認められない。フィジー系以外が唯一所有できる「フリーホールドランド」は国土の1割以下。土地の値段も高く、手が届くのはひと握りの富裕層だけだ。

フィジーの基幹産業といえば、観光と並び、農業・漁業などの第一次産業だ。労働人口の7割が第一次産業に従事する。とりわけサトウキビ畑で働くインド系は多いが、インド系農民はフィジー系の土地所有者とリース契約を結ばなくてはならない。つまり、インド系が農地を借りられるかどうかはフィジー系次第。土地はまさに、インド系にとって死活問題となっている。

■土地をめぐる軋轢、発端は植民地時代

どうしてフィジー系にここまで肩入れする土地制度がまかり通っているのか。原因はフィジーの植民地時代(1874~1970年)にまで遡る。きっかけはイギリスがフィジーを植民地化した際、フィジー人(系)に土地所有・使用の特権を与えるため「ネイティブランド法」を制定したことだ。

この法律の当時の目的は、ヨーロッパ系白人の入植者からフィジー系の土地を保護すること。しかし、白人入植者がフィジーを離れ、サトウキビ農園を開拓するために多くのインド人が入植した後も、フィジー系の特権は残った。

ネイティブランド法は現在も生きている。フィジー系にしてみれば先住民である自分たちの権利が保障されるのは当たり前。一方、インド系にとっては、フィジー系はろくに働きもせず、特権を享受しているように映る。ネイティブランド法はいまや、インド系に対するフィジー系のための「アファーマティブ・アクション(社会的弱者に対する特別優遇)」と化している。

この土地問題こそ、両民族が抱える大きな軋轢であり、過去3度あった政治クーデターの原因にもなっている。

■「民族平等」と「先住民の権利保護」、両立できる?

ライフスタイルや産業の構造が多様になってきたとはいえ、フィジーではまだまだ、土地に密着して暮らす人は多い。生活基盤である土地を所有できないインド系の不満は、外国人の私でもよく理解できる。

ひとつ言うと、フィジー系を優遇した土地制度を改変しようとする動きがこれまでなかったわけではない。2014年の総選挙に大勝した与党フィジー・ファースト(党首はバイニマラマ首相。フィジー系・インド系の混合政党)もインド系に配慮する方針を打ち出している。

しかし、フィジー系の利益を代表する保守政党や、フィジー系の伝統的首長会議(2006年の政治クーデターの後に廃止)の根強い反対がネックとなってきた。フィジー系の間でも「民族平等」に賛成する声は聞かれるが、こと土地問題になると普段は温厚なフィジー系も態度を急変させる。フィジー系の権利保護と民族平等は「総論賛成、各論反対」だ。

「フィジーの土地はイトケイ民族(フィジー系)に神から与えられたもの」。フィジー系の村を訪ねて年配者と話すと、先住民の権利の正統性を信じて疑わない人とよく出会う。インド系の権利を拡大させることで既得権益が失われる、との危機感はもちろんあるだろう。それに加えて、フィジー系の土地に対する態度の根底には「国土のすべてはフィジー系の共同体に属し、それを民族で共有する」というマタンガリの考え方があるように感じる。

私の意見はこうだ。フィジー経済がインド系に依存していることを考えると、インド系の権利も拡大されるべきだ。ただ、現行の土地制度が経済的立場の弱いフィジー系を救済している現実を踏まえた場合、両民族を「完全に平等」することが良いとは思わない。

そこで、政府の土地(「クラウンランド」と呼ばれ、国土の1割を占める)や不耕作地などをインド系に与えることはできないか。フィジー系以外の所有が認められないネイティブランドも、人口の比率に応じてそれぞれの民族に振り分けるのがフェアだ。

大洋州随一のリゾート大国であり、経済発展を続けるフィジー。インド系入植者のなかった近隣のトンガやバヌアツと比べても、その差は歴然としている。しかし、それゆえに民族間で軋轢が生まれているのは皮肉といえば皮肉だ。南国フィジーの悩みは深い。