フィリピンの教育改革は英語力を低下させるのか? 小学校教師は「心配だ」

0316杉山さん、教育改革写真1マボロ小学校で勉強する子どもたち(フィリピン・セブ)

「母語(各地方で話される言語)で勉強できるのは、学習への理解が深まって良いこと。だが小学生の英語力の低下が心配だ」。こう懸念するのはフィリピン・セブ市内のマボロ小学校2年生の先生だ。

フィリピン政府が進める教育改革「K to 12」(幼稚園の義務化と基礎教育期間の2年延長)が2012年度から一部の学校で取り入れられ、2016年度の初め(6月)には一斉導入となる。

「K to 12」の目玉の一つが「母語を基礎とする多言語教育」だ。改革前は英語とフィリピン語(実質的にはタガログ語)による授業が中心で、指導言語として母語は使われていなかったが、改革後は幼稚園から小学3年生までの初期初等教育で、指導言語を母語(セブの場合はセブアノ)にした授業に変化する。

フィリピンは世界有数の多言語国家で、人口は1億人超と日本とほぼ同じにもかかわらず80もの言語が存在する。国語はフィリピン語、公用語はフィリピン語と英語だ。それに加えて各地域で日常的に話される言葉がある。フィリピン人は「母語」、「フィリピン語」「英語」の3つを学ばなければならない(マニラ周辺ではタガログ語を話すので2つ)。

2009年の教育省令第74号に示された調査結果によると、母語をあいまいにしたままフィリピン語、英語を勉強するよりも、母語で読み書きを習得してから第2言語を学んだほうが速く習得することができる。「K to 12」の目玉の一つである「母語を基礎とする多言語教育」は、この調査結果を踏まえていて、初期初等教育で母語教育を充実させたうえで、初等教育の中期から中等教育の期間にフィリピン語と英語による指導に移行して、言語の効率的な習得を目的としている。

しかし、教育現場では不安の声も上がる。セブ市内のマボロ小学校2年生の先生は「母語で学習できるのは学習理解が深まり良いことだが、英語を話したり書いたりする時間が少なくなるから小学生の英語力の低下が心配だ」とこぼす。

フィリピンでは今もなお3割近くの小学生が貧困などを理由に退学している。小学生低学年の英語教育が希薄になると、中退する子どもの英語力が心配だ。この「母語を基礎とする多言語教育」は高校を卒業できる子どもにとっては効率的だが、そうでない人が少なくない貧困層への支援が急務だ。

フィリピンは従来、基礎教育期間が小学校6年と高校4年の10年だった。幼稚園入学を義務化し、基礎教育期間を2年延長する「K to 12」は歴史的に見ても大きな改革だ(「K」はKindergarten(幼稚園)、「12」は基礎教育期間の12年を指す)。基礎教育期間が他の多くの国よりも2年少なく、それにより海外の大学に入学、海外の企業に入社したい場合でも、海外の基準に合わせてフィリピンの大学に行かない人は2年間を持て余さなければいけなかった。また、同じ量の教育を他国で12年かけて教えているのに対し10年で終えるので、十分な学習時間がなく学力が低迷していた。

小学2年生の教科書。左上がフィリピン語、左下が英語、右下が母語(フィリピン・セブのマボロ小学校で撮影)

小学2年生の教科書。左上がフィリピン語、左下が英語、右下が母語(フィリピン・セブのマボロ小学校で撮影)