【大洋州でGap Year(7)】信じるのは科学か神か、気候変動の狭間で揺れるキリバスの人たち

1221キリバス2大潮の満潮時に水没するテピケニコーラの広場(キリバス・タラワ島)。子どもたちの遊び場だ

30年後に海に沈む可能性がある――。こんな予測も出ている南太平洋の島国キリバス。波が村に押し寄せるという現実に加えて、科学者が唱える悲観的なデータを突き付けられれば、不安に感じるキリバス人がいても不思議ではない。ところが一方で、科学の対極にある「神」を信じ、「キリバスは大丈夫だ」と楽観視するキリバス人も少なくない。二分する現地の声を追った。

■海面上昇は貧困を生む

「キリバスは沈むのでは」と不安に思う人の根拠は、自身の体験と科学的な裏付けにある。

首都タラワ(島の名前)のエイタ村テピケニコーラ(キリバス語で「金の砂浜」という意味)で生まれたコペペ・カロスさんは言う。「2016年6月の大潮の満潮のとき、波が家まで押し寄せてきて、床上浸水した。いつまでこの家に住めるのかわからない。将来が不安」。カロスさんの家は海辺から10メートルほど離れている。

テピケニコーラに44年住み、教会の秘書を務めるテオカマタン・エリタイさんは「家の海側にある防波堤はこれまで2回、波に壊された」と話す。「昔は満潮になっても防波堤が壊れることはなかった。だから今のように村の一部が海水につかることもなかった。防波堤(石を積んだ簡易的なもの)が崩されては直す作業を繰り返すときはすごく悲しくなる」

海面の上昇は言うまでもなく気候変動の影響だ。キリバス気象サービス(KMS)によると、タラワ周囲の海面は1年に1~4ミリメートル上がっている。山がなく、平均海抜が約2メートルのキリバスにとっては深刻な数値だ。

海面上昇はまた、村や家を水浸しにするだけではない。地下水に海水が混じることで飲み水として使えなくなるという問題がある。キリバス統計局によれば国民の71%が生活用水を井戸に頼っている。「(海水が混じって飲めないから)井戸水は主にトイレに使っている」と、エイタ村で暮らす農業環境省の事務員であるトキンタカイ・ラキスさんは言う。

海水の混入が農作物に与える打撃も無視できない。キリバスに自生するココナツ、パンの実、バナナ、タロイモ‥‥。農業環境省によるとココナツの場合、サイズが小さくなり、実る数が減り、また形が楕円(本来はほぼ球体)になるという。ココナツの果肉を乾燥させたコプラは離島の人々にとって貴重な収入源。収穫量の減少は稼ぎが減ることを意味する。

コペペ・カロスさんの家(キリバス・タラワ島テピケニコーラ)。柱には6月に浸水した後が残る

コペペ・カロスさんの家(キリバス・タラワ島テピケニコーラ)。柱には6月に浸水した後が残る

■神が創った土地は誰も壊せない

気候変動の脅威にさらされるキリバスだが、楽観視する人たちもいる。エイタ村で暮らす牧師志望の大学生、シーテ・カオメさんもそのひとりだ。「キリバスは絶対に沈まない。不安はない」と話す。その理由はキリバス人が信仰する神、つまりキリスト教にある。

プロテスタントの一派「キリバス・ユナイティング・チャーチ(KUC)」の教会で秘書を務めるレベレンド・テンテンさんも「キリスト教の教えでは、かつての洪水(ノアの洪水を指す)が最後の洪水とされている。また神が創った土地は誰も壊すことはできない」と言い切る。キリバスは国民の半数がカトリック、約3割がプロテスタントの信者だ。

「気候変動の影響はみんな感じている。でもそれがキリバスを失うことにはつながらないと思う。離島で暮らす人と、年配の人は(科学的に見た現実よりも)神を強く信じる傾向にある」(テンテンさん)

「キリバスは絶対に沈まない」という国民の意見に応えるかのように、隣のニュージーランドなどへの移住を奨励してきたキリバス政府はここにきて、気候変動への適応を目指す方針への転換を打ち出した。「神の教えを強く信じる国民の声は、少なからず政策にも影響を与えている」と環境農業省で気候変動を担当するテキンワウ・オスアワさんは説明する。

移住政策を推し進めてきたのは、2016年3月に任期を終えたアノテ・トン前大統領。キリバスは海面上昇の影響を真っ先に受ける国だと世界に強く訴えていた。カオメさんは「前大統領は神を信じていなかった。気候変動を世界でアピールして、援助をたくさんもらった嘘つきだ」と不満をこぼす 。

現タネティ・マアマウ政権の環境農業省が特に力を入れているのは、飲料水と農作物の確保だ。「塩分に強い作物の研究・調査、塩害を避けるためにコンテナの中で作物を育てる方法を教えるワークショップを始めた。国外への移住を考える前に、私たちができることに最善を尽くしたい」とオスアワさんは言う。

テピケニコーラの教会。毎週日曜日9時からお祈りをし、その後食事会が開かれる

テピケニコーラの教会。毎週日曜日9時からお祈りをし、その後食事会が開かれる

NZへ移住できて嬉しい

神の教えを信じることよりも、未来への不安が勝る人たちは、フィジーやキリバスなど大洋州諸国の国民がニュージーランドへ移住できるプログラム「パシフィック・アクセス・カテゴリー(PAC)」を使って母国を離れる。PACは毎年75人のキリバス人にニュージーランドの永住権を与える。しかしその倍率は高い。「毎年応募しているが、今年も落選した。来年また応募するつもり」とカロスさんは悲しげな表情だ。

タラワ島のナウェレウェレ病院で働く看護師、ブエテナス・テナウオキさんは4回目の応募で2016年にやっと当選した。「気候変動への不安もあるし、教育の質や給料もニュージーランドの方がいい。当選して嬉しい」と、その表情は明るい。

キリバス政府は、実はフィジーのバヌアレブ島に土地を購入している。現在は作物を育ててキリバスに輸送するために土地の調査や整備を進めているが、将来キリバスが住めなくなった場合、国民を移住させることも視野に入れている。

国外に移り住みたい人、キリバスに住み続けたい人――キリバス人の意見は二分している。その心は自身の体験と科学的な根拠、神への信仰の狭間で揺れていた。