貧しいお母さんも病院で出産する、ヤンゴン貧困地域の命への意識は高い!?

家の写真3児の母であるケイティーウーさんの家の外観(ヤンゴン・ダラ地区)

ミャンマー・ヤンゴン市で貧しい人が集まるダラ地区では意外にも病院で出産する女性がほとんどだ。女性たちは「家で出産なんて怖い! ありえない」と口をそろえる。病院で出産する方が安全との認識があるのは確かなようだ。

■途上国に蔓延する「安易な帝王切開」

ダラ在住のタッタッさん(34)は夫(38)とともに漁師として働く。漁業のシーズンである雨季は約4カ月。その間に100万チャット(約10万円)を稼いで1年間の生活をやりくりする。だが生活は厳しい。

「1人目(12)の子どもは病院に行く時間がなかったから、助産師に来てもらい自宅分娩だった。2人目は流産。3人目は帝王切開だったが、幼いうちに事故で亡くした。4人目(1)はヤンゴンの政府系病院で帝王切開で産んだ。出産費用は知り合いに借りた」とタッタッさんは話す。

世界保健機関(WHO)も警笛を鳴らす途上国での「安易な帝王切開」。帝王切開は手術であるため、経腟分娩よりリスクは大きい。帝王切開を繰り返すことにより、出産時の大量出血や術後の癒着(皮膚・膜などがくっついてしまうこと)といった“リスク”を抱える。

タッタッさんは2人の子どもを、ティンティンカイさん(31)は1歳になる息子を帝王切開でそれぞれ産んだ。安全と思って選んだ病院での出産だが、“不必要な別のリスク”を高めているとの見方もできる。

3人の子どもを育てるケイティーウーさん(34)は「3人とも政府系の病院で出産した。子どもをもつことを見越して貯金していた。だから何とか借金せずに済んだ。だが、川で渡し船の仕事をする夫の稼ぎが1日8000チャット(約800円)では家計にとって出産の負担は大きい」と話す。タッタッさん、ケイティーウーさんともに「子どもはもう十分。経済的にこれ以上余裕はない」とピルで避妊をしている。

ミャンマーには政府系病院と私立病院がある。3つの世帯で出産費用を聞いたところ、政府系病院の場合は10万~30万チャット(約1万~3万円)。医薬品は無料だが、入院費は自費になる。「ミャンマー政府からの援助はないが、日本政府が病院に寄付したため医薬品は無料になるんだ」と話す人もいる。

日本の経済産業省の平成27年度(2015年度)医療技術・サービス拠点化促進事業のレポートには、ミャンマー保健省の制度として政府系医療機関の多くは、診察は無料、医薬品や医療器材の利用は有料と書かれている。ダラ地区での取材結果とは少し違ったが、いずれにしろ一部は有料、一部は無料で医療サービスを受けられるといえそうだ。

■UHCがないから粉ミルクより母乳

お母さんの心配の一つが、子どもの「栄養」だ。病院から自宅に戻った子どもが栄養不足にならないよう、公的な援助を求める声もある。ミャンマーでは医療費に占める国家予算の割合はたったの12%(世界銀行)しかない。医療費の全額負担が基本となっているミャンマーは、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC。誰もがお金に困ることなく必要な医療を受けられるようにすること)の導入を目指しているが、形になるには時間が必要だ。

UHCがないからこそ貧困地域のお母さんは自分で子どもの命を守らなければいけない。そこで注目するのが母乳育児だ。「子どもの健康にいい」「(免疫がついて)強くなる」「スキンシップができる」と口々に効果を語るお母さんたち。粉ミルクを使うのは母乳が出ないときだけだ。粉ミルクを溶くための衛生的な水が手に入りにくい地域では、粉ミルクの使用が体調を崩すことにもつながる。

1960年代から途上国でも大々的に粉ミルクが宣伝されるようになった。他の東南アジア諸国のように経済発展による豊かさの象徴として、ミャンマーでもいつの日か、粉ミルクが普及する可能性は十分にある。人口5100万人のミャンマーが新たな粉ミルク市場として外資系企業に目をつけられたとき、ミャンマーの母子保健は“別の新たなリスク”に直面するかもしれない。

2児の母タッタッさん。2人の子どもを亡くしている。漁業シーズンでないときは網を作ったり、果物を切ったりする仕事をする(ヤンゴン・ダラ地区)

2児の母タッタッさん。2人の子どもを亡くしている。漁業シーズンでないときは網を作ったり、果物を切ったりする仕事をする(ヤンゴン・ダラ地区)