コロンビア右派系ゲリラの殺りくから逃れた母と5人の子ども、貧困のどん底バラック小屋で生きる

コロンビア・メデジンに逃れてきたナタリア・セプルベダさん一家。1部屋で5人の子どもと一緒に暮らすコロンビア・メデジンに逃れてきたナタリア・セプルベダさん一家。1部屋で5人の子どもと一緒に暮らす。ナタリアさんは左から2人目(メデジン市アヒサル地区)

コロンビア内戦の被害者である、5人の幼い子どもを抱えるナタリアさんは1年前から、コロンビア・メデジン都市圏にある国内避難民居住区で暮らす30歳の女性だ。家は、不法に占拠した場所に建てたバラック小屋。電気や水道を盗み、なんとか生き抜く日々を送る。

■死ぬかもしれない

ナタリアさんは、メデジン都市圏のなかでも貧しい人が集まるといわれるベジョ市生まれ。地元の高校に通っていたが、授業料が払えないことと、母親の虐待から中退。単身で、メデジン市近郊のカルダス市へ逃げた。自分で作ったエンパナーダ(大きな揚げ餃子のような食べ物)を売り、1日約7万ペソ(現在のレートで約2100円)稼ぐことで生計を立てていたという。

ただカルダスは、凶悪とされる右派系ゲリラ「パラミリタレス」の息がかかった地域だった。ある日、パラミリタレスの2人の兵士がやってきて、ナタリアさんは兵士にならないかと勧誘を受けた。

ナタリアさんの話によると、パラミリタレスは、理由もなく、女性をレイプしたり、乳房を切断したり、子どもまで残虐な方法で殺害するなど、地元の人たちを恐怖に陥れていた。「断る選択肢はなかった。捕まって殺された人は何人もいた」とナタリアさんは言う。

パラミリタレスの兵士になりたくないナタリアさんは、一家で夜逃げすることを決断する。夜の9時ごろ、5人の子どもを連れて、およそ7時間かけて命からがらメデジンへ逃げてきた。「パラミリタレスに見つかったら殺されていたかもしれない」

■収入はゼロ

ナタリアさんは故郷のベジョへ戻ってきた。ただ親せきには頼れない。路上をさまよっていると、高齢の女性が近寄ってきて「あなたたちはデスプラサード(国内避難民)なの?」と聞かれ、食べ物をくれたという。その後、幸運にもその女性の自宅に、家を修理するかわりに、約1カ月にわたって居候した。

安く住める場所を求めて、一家はメデジン市のアヒサル地区へ移る。ここは国内避難民が多く集まるエリアだ。

空いていた斜めの土地を不法に占拠し、地元の人に協力してもらって、廃材や穴だらけのトタン板、ビニールシートなどでバラック小屋を建てた。30平方メートルぐらいの部屋に家族6人で暮らす。二段ベッドと大きなベッドがひとつ、不安定なテーブルがあり、歩くスペースはほぼない。壁はビニールシートで覆われているが、すき間から雨風が入ってくる。家の中には、今にも崩れそうなハシゴ状の階段を上って入る。

ベッドやタンス、テーブル、ガスコンロなどの家具は、アヒサルを出ていく人からもらったり、拾ったりした。電気や水道は無断でつなぎ、料金は払わない。「こんな形でも、ここで暮らせることはとてもラッキー」とナタリアさんは言う。

ナタリアさんは無職だ。収入はゼロ。生活を支えるのは、子どもたちの父親だ。毎月くれる20万ペソ(約6200円)でやりくりする。この父親は建設労働者なので収入は多くない。すでに別の家族がいるため、一緒に暮らすことはできないという。

だがこの金額で一家が食べていくのは難しい。そこで、メデジンで一番大きな市場マジョリスタに行き、商品にならない野菜などをもらって飢えをしのぐ。「昼ご飯はいつも食べられない。子どもは学校に行って、給食をもらっているけど」とナタリアさんは話す。

子どもたちには、実はもうひとり父親がいる(子どもたちの父親は違う)。彼は麻薬漬けで、お金は一切家に入れない。ナタリアさんに対してセックスを強要し、暴力を振るう。

■ラッキーだった!

2017年9月1日、ナタリアさんに良い知らせが飛び込んできた。コロンビア政府と左派ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」が和平合意に調印したのだ。50年以上ぶりの内戦終結。

これを受けて、紛争被害者は補償金をコロンビア政府からもらえることになった。ナタリアさんは100万ペソ(約3万1000円)を受け取った。

「申請するのにバスに乗ってあちこち行ったり、必要な書類をコピーしたり、お金がかかった。混んでいたし、きちんとした説明もなかった。受け取れなかったり、金額が少なかったりした人もいたけど、私はラッキーなことに大丈夫だった」

この金額でナタリアさんは、子どものために服や靴、下着を買った。「だけど子どもは成長していくのに、それに合った服や靴を買ってあげられない。シャンプーなどの日用品に回すお金もないの」。ナタリアさんはこう涙ぐむ。

穴だらけのトタン屋根で雨漏りし、床も一部が抜けているバラック小屋。ナタリアさんは「底が抜けた部屋を直して、子どもたちの部屋にしたい。だけどお金がないから、できない」と嘆く。

極貧の生活にもかかわらず、子どもたちは夢をもっている。「ファッションモデル」「エンジニア」などと楽しく語る。ナタリアさん自身の夢はエンパナーダ屋を開くこと。開業資金として40万ペソ(約1万2000円)が必要というが、捻出できる余裕はない。

「私はラッキーだった」と繰り返し話すナタリアさん。苦労の連続の人生だが、それをポジティブにとらえる生き方がナタリアさんにはある。この強さが将来を切り開く可能性があるといえそうだ。

廃材とビニール袋で覆われたバラック小屋。ナタリアさん一家はここで暮らす。不法に占拠した場所に家を建てた(メデジン市アヒサル地区)

廃材とビニール袋で覆われたバラック小屋。ナタリアさん一家はここで暮らす。不法に占拠した場所に家を建てた(メデジン市アヒサル地区)

部屋の中にはベッドやテーブルなどが所狭しと置かれる。ほぼすべてがもらいものだ

部屋の中にはベッドやテーブルなどが所狭しと置かれる。ほぼすべてがもらいものだ