【国境の街メーソットに生きる(2)】75歳のイギリス人、ごみ捨て場のミャンマー不法移民のために晩年捧げる

ごみ捨て場のコミュニティー(グリーンアイランド)で暮らす住民と談笑するフレッド・ストックウェルさん(タイ・メーソット郊外)ごみ捨て場のコミュニティー(グリーンアイランド)で暮らす住民と談笑するフレッド・ストックウェルさん(タイ・メーソット郊外)

ミャンマーとの国境の街、タイ・メーソットの郊外にあるごみ捨て場。ミャンマーからやってきた不法移民たちは、ここでごみを分別し、価値がありそうなものを売ってお金を稼ぐ。イギリス人で元カメラマンのフレッド・ストックウェルさんはこの11年間、ごみ捨て場で暮らすミャンマー人(ウェストピッカー)をずっと支えてきた。「誰も不法移民のことを気にとめない。だが彼らにも人間らしい生活を送る権利がある」と強く主張する。

■はだしでごみを漁る子ども

青、緑、ピンク――色鮮やかなごみ集積車が、紙くずやプラスチックごみが詰まった固まりを次々に降ろしていく。ここは、メーソットの中心地から車で10分のところにあるグリーンアイランドと呼ばれるごみ捨て場。人口10万人を超える街のごみがほぼすべてここに集められる。

そのごみをかき分け、ビニール袋やペットボトルを回収するのは、顔にタナカ(ミャンマーの伝統的な化粧)を塗った老若男女のミャンマー人たちだ。彼らは、国境沿いに流れる川を渡ってタイに入国した不法移民。ミャンマーで内戦が激化したおよそ30年前に、メーソットのグリーンアイランドに移り住んだ。現在はおよそ500人がそこで生活する。

ミャンマー人のウェストピッカーたちを11年にわたって支え続けるのがイギリス人のフレッドさんだ。フレッドさんは75歳の元カメラマン。若いころに英国で写真を学び、その後、米国で写真学校を設立。カメラマンとしては世界中を飛び回り、その土地で生活する人たちや文化を写真に収めてきた。

2007年、仏教文化を写真に収めるため東南アジアを訪れた。その際に、メーソットのグリーンアイランドで生活する不法移民を目の当たりにした。鼻を刺す異臭、はだしでごみを漁る子どもたち、ごみの中で寝泊まりする人たち。フレッドさんは悲惨な状況を前に、見て見ぬ振りをすることはできなかった。

■病院にも警察にも行く

「家、食事、医療、教育は人としての権利」と言うフレッドさん。グリーンアイランドに来てまず取りかかったのは掃除だ。下の土が見えないほどごみで埋め尽くされた一区間を、住民と協力してきれいにした。今までごみ捨て場の周りでバラバラに暮らしていた人たちが、そこに集まって住むようになった。集落ができた。

次にとりかかったのは家の建設。木を切り分けて家の骨組みを作る。ごみ捨て場からトタンや大きめのビニールシートを拾ってきて、家の屋根や壁に使う。すべての家は1メートルほどの高床。雨が降って洪水になっても床上まで浸水することはなくなった。

フレッドさんは2011年、昔住んでいた米オレゴン州アッシュランドに「Eyes to Burma」というNGOを立ち上げた。友人たちと協力して定期的に講演会を開き、活動資金を集める。

そこで得たお金は、飲み水や食料、薬といった生活必需品、ごみ拾いに使う長靴や家の修理費用など、集落を運営するためのすべての必要経費に当てる。

特に重要なのは安全な飲み水の確保だ。フレッドさんが支援し始めた当初は、近くの小川の汚染された水を生活水として使っていた。このため住人の多くが感染症になったり、寄生虫が体内に入って病気にかかったりした。フレッドさんは、寄付を使って2000リットルの水が入るポリタンクを集落の数カ所に配置。住民が安全な水にアクセスできる環境を整えた。

「休む暇はない」というフレッドさんは、数人の住民に携帯電話を渡し、何か問題があったらすぐ知らせるよう「緊急電話」システムを敷いている。誰かが病気になったと電話があれば、すぐに集落に駆けつけ住民を病院に運ぶ。誰かが警察に捕まったと聞けば、警察署に行って住民を引き取る。

■制服・教科書も買いそろえる

フレッドさんが特に力を入れるのは子どもたちへの教育だ。フレッドさんは、毎日朝と夕方、集落から10キロメートル離れたミャンマー移民の子ども専用の学校、「移民学習センター」に子どもたちの送迎をする。新しく学校に行く生徒には、制服から教科書、バッグまで買いそろえる。

「学ぶ機会を増やして、子どもたちが将来、ごみ拾いの仕事から脱出できるようにしたい」と話すフレッドさん。努力の甲斐あって、誰も学校に行っていなかった11年前に比べ、今では多くの子どもたちが学校に通うようになった。

2018年12月には、フレッドさんは住民たちと一緒に7万バーツ(約25万円)を出して、集落に小さな仏教寺を建設した。子どもたち100人くらいが入れるスペースと、その奥に仏が祭られているシンプルな作り。壁には「うそをついたら地獄に落ちる」などと戒めるポスターが貼ってある。

ここで毎週日曜日の朝、仏教の先生を招き、子どもたちのための仏教教室を開く。子どもたちは経典を暗唱して仏教を学ぶと同時に、ビルマ語の読み書きも習う。昼になると、地域の人たちが作った昼食をみんなで食べる。寺は仏教を学ぶ場所であるとともに、コミュニティーセンターとして活用される。

寺の建設費用を寄付したウジョさん(40)は言う。「親はごみ拾いで忙しい。子どもたちにこれまで仏教を教えることができなかった。寺の建設を機に、ミャンマー人のアイデンティティーである仏教を子どもたちに伝えていきたい」

フレッドさんもウジョさんに同調する。「生活環境が悪いせいで、今まで酒やドラッグに依存する子どももいた。若くして妊娠してしまい学校をやめてしまった女の子もいる。こういったことを防ぐのに、仏教はとても有効だ」

64歳からグリーンアランドにかかわり足掛け11年、ごみ捨て場で暮らす人たちのために晩年の人生のすべてを捧げるフレッドさん。そんなフレッドさんに対する住人の信頼は厚い。ウジョさんの娘、ムン(18)さんはこう断言する。

「キリスト系の団体はご飯をくれる代わりに改宗を迫ってくる。しかしフレッドは見返りを求めない。夜中の2時でも誰か病気になったら必ず迎えに来てくれる。そんなフレッドを私たちは信じている」(おわり)

グリーンアイランドに建てた家々。高床式だ

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住民たち一緒に建てた寺で学ぶ子どもたち

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寺の壁に掲げられた教え。殺人、盗み、うそをつくなどの不徳を犯すと地獄で罰せられる、と子どもたちに伝える(タイ・メーソット郊外のグリーンアイランド)

寺の壁に掲げられた教え。殺人、盗み、うそをつくなどの不徳を犯すと地獄で罰せられる、と子どもたちに伝える(タイ・メーソット郊外のグリーンアイランド)