新型コロナウイルスによる学校閉鎖を受け、国際協力NGOワールド・ビジョン・ジャパンは、かねてからヨルダンで手がけてきた補習授業を「オンライン」に切り替えた。対象は、北部の都市イルビドで暮らすヨルダン人とシリア難民の子どもたち576人。ヨルダン駐在員の松﨑紗代さんは「オンラインの補習授業にも手応えはある。子どもたちから『授業がわかるようになったよ』と言われる」と語る。
■補習で20点アップ!
ワールド・ビジョン・ジャパンが2014年から補習授業を始めた場所はイルビド。隣接するシリアから難民を多く受け入れる地域だからだ。
シリア難民が押し寄せた結果、子どもの数が急増。イルビドの公立校では、午前にヨルダン人、午後はシリア難民が授業を受けるようになった。授業時間が短くなったぶん、落ちこぼれ、退学する子どもが増えたという。
そこでワールド・ビジョン・ジャパンが立ち上げたのが、公立校に通う成績の低いヨルダン人とシリア難民の子どもを対象にした補習授業だ。当初は公立校の空き教室を使っていた。
補習の成果は目に見える形で出た。ワールド・ビジョン・ジャパンと上智大学の共同調査によると、補習授業を受けた子どもの学校のテストの平均点は、2018年までの4年間で50点台から70点台にまで上がったという。
ところが新型コロナの流行で状況は一変した。ヨルダン政府は3月15日、国内すべての学校を閉鎖。外出制限も発令されたため、ワールド・ビジョン・ジャパンは補習授業を4月19日からオンラインに切り替えた。
■分度器が使えたよ!
オンラインの補習授業で使うツールは、「ワッツアップ」(日本でいうLINEのようなアプリ)とZoom(ズーム)。この2つを組み合わせるのが特徴だ。
ワッツアップでは、教師が撮影した授業の動画を週2回配信する。動画を見た子どもたちはその後、教師が作った練習問題を解く。答えをワッツアップで教師に送ると、翌日には教師が採点。フィードバックをもらえるという仕組みだ。
松﨑さんによると、ヨルダン政府もテレビやインターネットで授業の動画を配信している。だが進み方が速く、理解できない子どもも多いという。ワールド・ビジョン・ジャパンが作る動画は、自宅にあるものを使い、わかりやすく説明する。算数の授業では、スプーンやコップ、ボールを手に取りながら長さ・面積・体積の違いを説明するといった具合だ。
ズームは週に1回使う。時間は30分。授業のフォローアップや子どもたちからの質問などに答える。
オンライン補習授業の教師を務めるのは、ワールド・ビジョン・ジャパンのスタッフ21人だ。1人の教師が、成績順でクラス分けされた12人の子どもに教える。科目は算数・英語・アラビア語の3つ。
オンライン化に踏み切って約2カ月、松﨑さんは動画の配信とズームを組み合わせた補習授業に手応えを感じている。「ぼく(わたし)、こんなことができるようになったよ」と伝える動画が子どもたちから送られてくるからだ。
生徒のひとり、シリア難民のバーゼルくん(11歳)は、分度器の使い方がわからず、算数に苦手意識をもっていた。ところがオンラインの補習授業を受けて、分度器を使って角度を測れるように。それが嬉しくて、あらゆる物の角度を測ってみせる動画をスタッフに送ってくるという。その動画を見て、松﨑さんは思わずニンマリする。
「オンラインの授業でも、成功体験を積み重ねていける。分度器の使い方のような小さなことでも、勉強への意欲を高め、自信をもつためにはとても大切」(松﨑さん)
■通信費が家計を圧迫
だが課題も見えてきた。
最も深刻なのは子どもの学習環境だ。ワッツアップやズームを使うには、スマートフォンが必須。保護者のスマホを借りて授業を受けるが、もっていない家庭もある。
ワールド・ビジョン・ジャパンの調査によると、オンライン補習授業の対象となる子ども576人のうち43人(7%)がスマホをもっておらず、授業に参加できていなかった。このほとんどはシリア難民だったという。
ワールド・ビジョン・ジャパンは、スマホがない家庭に対してタブレットを貸すことも検討中だ。だが物流が遮断されたいま、実現には時間がかかる。
パケット通信費の負担も、生徒の家庭には大きくのしかかる。動画や練習問題を受け取り、またズームをつなげるには通信費がかさむ。ヨルダンの1カ月の通信料は18~25ギガバイトで10ヨルダンディナール(約1500円)。シリア難民の世帯収入が60~230ヨルダンディナール(1万~3万5000円)であることを考えると、通信費が家計を圧迫するのは明らかだ。
このためワールド・ビジョン・ジャパンは5月31日~6月4日、子ども1人当たり10ヨルダンディナール(約1500円)の通信費を各家庭に配った。「現金だと、通信費ではなく食費に使われてしまう。だからプリペイドカードを渡した」と松﨑さんは話す。