協力隊員がモロッコの助産師らに向けて「妊婦健診の研修会」‥‥のはずが新型コロナで無念の帰国

妊婦健診をするモロッコの看護学生。佐藤さんは学生と一緒に活動することも多かった

新型コロナウイルスの影響でモロッコから3月末に帰国した元JICA海外協力隊員(助産師)の佐藤優香さんは8月4日、神戸ソーシャルキャンパスが主催した協力隊オンライントークイベントに登壇した。任期を10カ月残して帰ってきたことについて「モロッコでは妊産婦と乳幼児が命を落とすことが多い。妊婦がきちんと健診を受けられるような活動をしたかった」と後悔を口にした。モロッコの妊産婦死亡率は日本の24倍だ。

■検診しても数値は記入しない

佐藤さんが配属されたのは、モロッコ北西部のアルジャディーダ市(アルジャディーダ県)にある保健支局。2019年1月に赴任し、当初の活動期間は2021年の1月まで。男性を巻き込んだ母親学級(産前産後教育の場)を普及させたり、看護師に妊婦健診の結果をカルテや女性手帳(日本の母子手帳)に記入するよう促したりしてきた。

佐藤さんは、県内41カ所のうち約10カ所の保健センターを毎日1、2カ所まわっていた。そこで気づいたのは、日本に比べて妊婦健診の受診率が低いことだ。「初診が妊娠30週目や飛び込み出産(検診未受診での出産)のケースもあった」と振り返る。

佐藤さんによると、アルジャディーダ県の妊婦健診には2つの問題がある。ひとつは、妊婦健診の受診率が低いこと。もうひとつは、県内の各保健センターが実施する検診の質に差があることだ。

妊婦らが受診しない理由は、「国民の99%を占めるイスラム教徒の男性が女性を蔑視する考え方が残っているから」(佐藤さん)。アルジャディーダ県のような農村地域ではとりわけ男尊女卑の考えが強い。男性の許可なしに女性は外出できない場合もあるという。

「家計を握るのは男性。医療機関までのタクシーやロバの交通費(往復タクシー代8.75デイルハム=約100円)を払えない妊婦も多い。妊婦健診の受診回数は日本では14回が標準だが、アルジャディーダ県では4回(平均が2.5回)が目標」と佐藤さんは説明する。

難しいのは、妊婦健診を受けたからといって安心できないことだ。健診結果を記入しない保健センターもあるという。

この理由について佐藤さんは、看護師・助産師によって知識、経験、モチベーションが違いすぎるからだと話す。佐藤さんの同僚だったモロッコ人は助産師として20年のキャリアをもち、向上心も高い。「日本の病院で4年半働いた私よりも助産師としての知識や経験をもっていた」(佐藤さん)。対照的に、遅刻と欠勤を繰り返すやる気に乏しいスタッフもいたという。

やる気やスキルに欠けた看護師だと、カルテや女性手帳に検診結果を記入しないことはざらだ。本来は、検診ごとに妊婦の血圧、子宮底数(妊娠中の子宮の大きさ)、週数などを測定し、カルテや女性手帳に記録しなければならない。

「計ったデータはきちんと書こう、からのスタートだった。でもなかには、妊婦さんの体重だけ計って、そのままさよならというケースも普通にあった」(佐藤さん)

■フランス語で講師をやるはずだった                  

保健支局で働くようになって半年が経ったころ(2019年7月)、佐藤さんは、アルジャディーダ県の保健センターで母子保健に携わる医療スタッフを対象に、妊婦健診のレベルアップを目的に研修会を開こうと提案した。この話が進み、2020年の3月中旬に約60人を集めて妊婦健診の研修会を開くところまでこぎつけた。ところがそれが実現することはなかった。

「開催が2日後というタイミングで、コロナの影響から日本に帰ることになった。それが最大の後悔」と佐藤さんは語る。

佐藤さんが悔やむ理由は、研修会の事前準備が大変だったからだ。妊婦健診の研修会のアイデアを保健支局に提出し、具体的に動き出すまでに半年かかった。「医療スタッフが自分たちの医療現場になかなか危機感をもてなかったから大変だった」と佐藤さんは話す。

しかしある日、事態は好転した。佐藤さんの同僚が、ほかの医療スタッフが欠勤したり、カルテへ記入しなかったりといった現場を目撃。怠慢の重大さを目の当たりにしたことが心を動かしたのだ。

これを機に、保健支局の同僚が佐藤さんの企画に積極的に賛成するようになった。うそのように、各保健センター、県の保健支局との交渉や実施に向けての準備がスムーズに進んだという。

研修会で使う資料を佐藤さんは、医療スタッフに通じるフランス語で準備した。内容は、妊婦健診の必要性、健診の項目やカルテの記入方法、妊娠期の感染症や合併症の知識など。妊婦健診の研修会は、佐藤さんが講師役を務めるはずだった。

モロッコの新生児死亡率(生後4週間以内に新生児が死亡する率)と妊産婦死亡率(妊娠中または出産後満42日未満に妊産婦が死亡する率)は依然として高い。世界保健機関(WHO)が2018年に発表したデータによると、モロッコの新生児死亡率は1000人当たり17.8人。日本の0.92人の19倍にのぼる。妊産婦死亡率(10万人あたり)は、モロッコの121人に対して日本は5人。