モーリシャス近海で起きた大型貨物船「わかしお」の座礁・石油流出を受け、アフリカ日本協議会(AJF)は、緊急セミナーを開催した。モーリシャスの弁護士で、若者支援団体ハレー・ムーブメントの法務・運営顧問を務めるニルマル・ブスゴポールさんは、石油の流出によりマングローブなどの自然環境に深刻な被害が出ており、現地の漁業や観光業が大打撃を受けていると報告した。
■事故を起こしてはいけない場所だった
わかしおは縦300メートル、幅50メートル、積載量は20万3130トンの大型貨物船。7月25日にモーリシャスの近海でサンゴ礁に衝突。積んでいた4000トンの燃料のうち約900トンが海に流出した。
わかしおが座礁した場所は、モーリシャス島からわずか1.4キロメートル東の場所。流れ出た石油は潮に乗ってモーリシャス島の沿岸部に到達した。
今回の座礁で懸念されるのが、生態系への影響だ。特に沿岸地域に生息するマングローブが深刻な被害を受ける可能性がある。流れ着いた石油はマングローブの森に浸入し、葉や茎、幹に付着する。マングローブは、海面に出た気根と呼ばれる根から呼吸をしているため、この気根が石油により塞がれると、呼吸ができなくなる。これによりマングルーブは枯れてしまう。
「生命のゆりかご」と例えられるマングローブは、陸地から流れてくる養分をためておくところ。マングローブの水辺にプランクトンが発生し、そこから食物連鎖が始まるのだ。この自然のプラットフォームであるマングローブが汚染された場合、モーリシャス近海の生態系が崩れ、生命の多様性が失われる恐れがある。
だがマングローブを除染しようにも、その作業は簡単ではない。マングローブは沿岸部に入り組んで生育している。人がその中に割って入ると、侵入した石油をより拡散してしまう。油を分解する薬を使おうにも、生態系に悪影響を及ぼす恐れがあるため使えない。ボートに乗って手作業で油を除去していくしか手がない。
油に対する脆弱性をランキングにした「環境脆弱性指標図」(ESIマップ)によると、マングローブのある湿地帯はもっとも脆弱とされるランク10だ。汚染したら最後。10年以上は元に戻らない。セミナーのスピーカーのひとり、高木仁三郎市民科学基金の村上正子さんは「本来ここは、絶対に事故を起こしてはいけないこところだった」と指摘する。
モーリシャス南東部は海洋保護区に指定されている。ブルー・ベイやポワント・デニというラムサール条約に指定される湿地帯もある。
この自然豊かな地域を、モーリシャス政府や市民は守ってきた。政府は海洋生物を保護するため、スキューバダイバーを認定制にした。漁獲量を制限し、漁師に対して特別手当も支給した。政府と市民が協力して、規則が守られているかパトロールもしていた。
そんな中で起きた日本の貨物船わかしおによる石油汚染。文字通り、大切に手入れしていた他人の庭を荒らした格好だ。
■新型コロナと石油汚染のダブルパンチ!
わかしおの石油の流出は、モーリシャスの人たちの生活にも影響を与えている。
特に深刻なのが漁師だ。漁師たちは現在、漁に出れない。彼らはもともと、その日暮らしの生活をしてきた。漁に出られない期間がこれ以上続くと、生活は回らなくなる。
国連人道問題調整事務所(UNOCHA)によると、モーリシャス政府は約1000人の漁師に1万200モーリシャス・ルピー(約2万7000円)の月額手当を支給すると発表した。
だがブスゴポールさんはこれでは十分でないと話す。「手当がもらえるのは、事前に漁師として登録していた人だけ。その手当も誰がどのくらいの額をいつまでもらえるのかわからない」
ホテルやレストラン、ツアーなど観光業に従事する人たちも大打撃を受けている。石油に汚染された地域は、ダイビングで有名なエグレット島や地域の繁華街で旅行者も多い港町マエブール。近くにブルー・ベイとポワント・デニもある。これらは今まで地域を支えてきた観光スポットだ。
石油流出により、こうした観光スポットにあるビーチやレストラン、ホテルは閉鎖。観光客に人気の海洋ツアーやダイビングも中止になった。
新型コロナウイルスの影響で旅行者が激減する中、石油流出の影響で営業停止に追い込まれた。石油の汚染が今後も続く場合、モーリシャス南東部の観光産業は衰退しかねない。
■グローバル経済の裏で途上国の人が被害に
わかしおが座礁した直接の原因は現時点では明らかになっていない。しかしセミナーの後援団体であるSDGs市民社会ネットワークの大橋正明共同代表理事は、今回の事故の裏には利益をあげるために地下資源を大量に発掘・輸送するグローバル経済があるのではないか、と指摘する。
石油や石炭、鉄鉱石などの地下資源の海上輸送量は、過去30年で2.5倍に増えた。今回のわかしおの石油流出事故も、中国の連雲港から鉱山会社ヴァーレ社が所有するブラジル・エスピリットサント州のツバラン港に鉄鉱石を積みに行く途中で起きた。
「今回の事故で貧しい人、何の罪も責任もない人が生計手段を奪われている。市民同士が関心をもち続け、何らかの声を上げ、社会、経済のあり方を変えていくことに積極的になるべき」と大橋さんは語る。