【書評】幸せの国がものづくり国家になる?!「ブータンにデジタル工房を設置した」

1229ファブラボ元JICAブータン事務所長の山田浩司氏が書いた本「ブータンにデジタル工房を設置した」。ブータンにファブラボを立ち上げるまでのストーリーがおもしろい

山岳地帯が多く、農業が主要産業で「世界で最も幸せな国」ともいわれるブータン。ネット社会とはかけ離れて見えるこの国で、「デジタルものづくり」の普及の土台づくりに貢献した日本人男性がいる。2016年4月から2019年3月まで国際協力機構(JICA)ブータン事務所長を務めた山田浩司氏だ。自身の著書「ブータンにデジタル工房を設置した」(インプレスR&D、2020年9月、2200円+税)では、「ファブリケーション・ラボラトリー(ファブラボ)」と呼ばれるデジタル工房をブータンに初めて設置するまでの紆余曲折と、ファブラボを使った新たな国際協力の可能性がつづられている。

ファブラボとは、だれでも自由に3Dプリンターやレーザー加工機などのデジタル工作機械を使うことができる市民工房のこと。デザインデータをもとに、「自分のニーズに合った、世界にたったひとつだけのもの」を作ることが可能だ。

製品のデザインデータは、世界100カ国(1200カ所以上)にあるファブラボ同士で共有される。製品を輸入しなくてもデータとファブラボさえあれば、どこでも必要なものを生産できるのだ。

世界とネットでつながったファブラボがブータン各地に立ち上がれば、「若い人に雇用の機会が少ない」というブータンの課題を解決できる、と山田氏は考えた。ブータンには当時、ファブラボはなかった。

「任期中に最低ひとつはブータンにファブラボを!」。JICA事務所長としてブータンに2016年4月に赴任した山田氏は、この目標のもと奮闘することになる。

山田氏はまず、ブータン国内の誰と協力してファブラボ設置の準備をしていくかを検討した。そうこうするうちに、ブータンにファブラボを作りたいというブータン人のツェワン氏と出会う。彼とともにファブラボ設置への道を歩み始めることになる。

ファブラボを設置して期待できる効果のひとつは、地方で起業する意欲のある若者を後押しできることだ。たとえばファブラボで作ったものを売る。ファブラボを絡めたビジネス環境を整えれば、イノベーションが必ず起きると山田氏は信じた。

だがもちろん、ファブラボ設置への道は簡単ではなかった。ともにファブラボ設置を主導していたツェワン氏はデンマーク在住だった。責任をもってファブラボを引っ張っていこうとする人間がブータン国内にいなかったのだ。

ファブラボの設立が危ぶまれるなか、山田氏は自ら3Dプリンターを購入。会う人会う人に3Dプリンターのもつ可能性を訴えるなど地道な努力を続けていた。

ところが2017年7月20日、首都ティンプーにブータン初のファブラボ(ファブラボ・ブータン)が開所することになる。急転直下の出来事だった。ツェワン氏がファブラボ設置のための新たなグループを立ち上げ、急ピッチで設立準備に奔走していたのだ。

その後は、pi-top(パーツの現地生産が可能なオープンソースのノートパソコン)をファブラボ・ブータンに導入したことにより、ノートパソコンを輸入するのではなく、ブータンで生産する道も見えてきた。高校の授業でpi-topを使い、コーディングの研修を実施することも、ファブラボの事業のひとつとなった。

ブータンはそんななか、2022年7月に開催する予定の第17回世界ファブラボ担当会議(FAB17)の開催地に決まった。世界中から約3000人のものづくり愛好家がやってくるため、ブータンの「ものづくり国家」としての今後に注目が集まりそうだ。

山田氏が2019年3月にブータンを離任する直前、ロテ・ツェリン政権は「2023年までにブータン国内15カ所にファブラボを設置する」と革新的な決定をした。山田氏がブータンに赴任した2016年にはファブラボがひとつもなかったことを考えると、大きな進歩。ファブラボの設置に貢献したとして、山田氏はFAB17で基調講演するよう頼まれている。

本書の魅力は、山田氏が3年の任期中にブータンの人たちと一緒にファブラボを立ち上げていくまでのエピソードがこと細かく書かれていることだ。ぶつかった困難やこれからの課題、山田氏が描くビジョンが熱意とともに伝わる。ものづくりが好きな人だけでなく、「現地で必要なものをその場で作る」という新しい途上国支援に興味のある人にもお薦めの一冊だ。