タイ、フィリピン、カンボジア‥‥コロナ危機に便乗して権力を強化する“独裁者”たち、人権団体が警告

普段なら観光客でにぎわうカンボジアのアンコールワット。新型コロナウイルスの影響はカンボジアの観光業にとって大打撃だ観光客でにぎわう普段のアンコールワット(カンボジア・シェムリアップ)。いまはシェムリアップの繁華街でも人通りはないという。新型コロナウイルスの影響はカンボジアの観光業にとって大打撃だ

新型コロナウイルスの感染拡大を阻止することを名目に、東南アジア各国では政府の権限を強める動きが加速している。人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)のケネス・ロス代表は「私たちは今、健康と民主主義の両方で危機にさらされている」と警告する。

■“フェイクニュース”で逮捕

タイのプラユット首相は3月24日、「非常事態」をタイ全土に宣言した。それに伴い発表した非常事態下の行政機関法令の中には、「新型コロナウイルスについてメディアや個人が人々に不安を与えるような間違った情報を流した場合、政府は報道の停止や校閲することができる」との条項がある。

ブラッド・アダムスHRWアジア局長は「何が真実で、何が間違いかを明確に規定していない。この法令は、政府に言論弾圧のフリーハンドを与える」と危惧する。

HRWが憂慮するのは、非常事態宣言が出される前日に起きた事件が原因だ。タイ南部のプーケットで3月23日、アートギャラリーを営むダナイ・ウサマさんが逮捕された。容疑は“フェイクニュース”の投稿だ。

ウサマさんは3月16日、スペインからタイに帰国。入国の際に新型コロナウイルスの検査を一切受けなかった、と自身のフェイスブックに投稿した。タイ政府は、ウサマさんの投稿が「人々に不安を与える間違った情報」と判断。ウサマさんを拘束し、テクノロジー犯罪防止局に連行した。

「出発したバルセロナと経由地のアブダビではとても厳しい検査を受けた。だがバンコクでは検査を受けることもなかったし、職員に止められることもなかった。私が投稿した内容は完全に真実だ」。タイの弁護士グループ「人権のためのタイ弁護士会」によると、ウサマさんは警察の事情聴取でこう反論したという。

言論弾圧の不安が広がる中、プラユット首相は3月24日、メディアに対してこう警告した。「非常事態宣言の発令に伴い、間違った情報の発信にはくれぐれも気をつけるように。間違った情報を流した個人やメディアは厳しく調査されるだろう」

■問題を起こしたら射殺しろ

フィリピンでも言論の規制が進む。議会は3月24日、新型コロナウイルスの感染を抑えるため、ドゥテルテ大統領に幅広い権限を与える「新型コロナウイルス法」を採択した。この法令により、“フェイクニュース”を発信、拡散した者は2カ月以内の監禁と100万ペソ(約210万円)の罰金が科される。

フィリピン国家捜査局(NBI)は4月2日、この法令に基づきフェイスブックに政府の批判を書き込んだ者を逮捕した。人権派のホセ・マヌエル・ディオクノ弁護士は「合法的な批判をフェイクニュースと断罪するのは政府にとってたやすいことだ」と皮肉る。

ドゥテルテ大統領は、言論だけでなく、フィリピン政府の新型コロナウイルス政策に反対するデモも規制する。マニラ首都圏ケソン市のスラムの住民は3月16日、途絶えている食料配給を求めるデモを実施。政府はこれをコロナ政策への抗議と判断。スラムの住民21人を拘束した。

マニラ首都圏の貧困問題に取り組むグループ「カダマイ」はABCニュースにこう語る。「3月16日の都市封鎖以降、スラムの住民は必要な食料や医療品の配給を受けていない。今回のデモはそれを要求するもので、大統領の都市封鎖措置を批判したものではない」

ドゥテルテ大統領は4月1日の記者会見で、警察や軍に対して「この都市封鎖期間で、もし問題を起こすような者がいれば射殺しろ」と命令した。

■全権委任法が可決間近

カンボジアでは非常事態法案の審議が進んでいる。非常事態下で適用されるこの法律は、さながら全権委任法(立法権を政府に認める)のようなものだ。インターネットを含むすべての通信からの情報の取得、ソーシャルメディアやメディアに対する規制・禁止措置、必要と思われる法律の制定、武力を伴う戒厳令の発令など――非常事態法が制定されると政権はこうしたことが可能になる。

この法律のもうひとつの特徴は、罪名が不明瞭な表現であることだ。「政府の運営を妨害した罪」「社会を不安にした罪」「政府が制定した法案を尊重しない罪」など。具体的な定義に欠けるため、乱用される可能性が高いというのがHRWの見方だ。

非常事態法はまた、最大25万ドル(約2700万円)の罰金を科すことができる。カンボジアのフン・セン政権が今まで目の敵にしてきた独立系メディアや人権団体に対してこの条項を適用すれば、破産させることも可能だ。

フン・セン首相は4月7日、議会で「この危機に大胆な措置をとれるようにする」と語り、非常事態法の重要性を主張した。議会はフン・セン首相が率いるカンボジア人民党の議員で占められており、この法案は可決される見通しだ。

「権威主義者は新型コロナウイルスの危機をあおり、権力を強める。コロナ危機はいつか終息する。だが拡大された権力は長い間残るだろう」とHRWは警告する。