タイに逃れたミャンマー人カップル、「亡命メディア」で働くも米国の支援打ち切りで見えない先行き

ミャンマーを脱出し、タイ・チェンマイに身を寄せるナンさん(23歳、女性)とクンさん(25歳男性)。2021年2月の軍事クーデター以降、ミャンマーから国外に逃れた難民は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると2025年7月時点で約20万人

タイでの暮らしによぎる不安

必死の思いで国外へ避難した2人にはチェンマイにある希望があった。メディアに勤務した経験のある2人には、亡命メディアの職場を見つけられる可能性があったからだ。

そのころ多数のミャンマーのメディアがタイに拠点を移す形で、軍政の圧力から避難し始めていた。20ほどの小規模な亡命メディアがタイ国内にある、タイ西部のメーソットと並んで、チェンマイは主要な亡命先となっている。

思惑通り2人は亡命メディアで仕事を見つけることができた。ナンさんが働くメディアはShan Herald Agency for News、クンさんはPeople’s Voiceだ。ピンクカード(滞在許可証)も入手でき、タイでの在留が公式に認められることになった。「ようやく拘束の不安から逃れられたことが本当に嬉しい」。ナンさんとクンさんは声をそろえる。

しかし亡命メディアの前途には暗雲が立ち込めていた。米国でドナルド・トランプ大統領が政権を握ると、その方針のもと、民主化を支援する全米民主主義基金(NED)への資金供給が突如停止される事態が起きた。2人が働いていた亡命メディアも、その影響を受け、支援打ち切りの危機に直面した。米国内では、NEDの活動が過度な国家干渉ではないかとの批判もあり、そうした議論の渦中での動きだった。

この措置は、すでに締結されていた契約を一方的に反故にするものであり、NEDは米政府を相手取り訴訟を起こした。その結果、2024年に予定されていた助成金は辛うじて支給されたものの、翌年以降の資金の行方は依然として不透明なままだ。

「ミャンマーでは1988年以降、大規模な民主化運動が幾度となく繰り返されてきた。だが民主化の実現は見えてこない。こうした状況下で、限られた予算のもと、メディアへの1年程度の支援期間で事態が好転するとは考えにくい」とナンさんは諦め気味だ。

それでもクンさんは希望を捨てない。「12月に予定される総選挙に望みを託したい。候補者や国内メディアは軍政が厳しくコントロールするから、民主派が選挙で勝つとは思わない。だが選挙の過程が国際社会の注目を集め、状況が動き出す可能性があると信じている」

憧れの国・日本

そんなクンさんは日本語を勉強中だ。いつか日本で働きたいと語る。「清潔な環境、豊かな文化。そして進んだ技術。良い仕事の機会も与えてくれる。それが僕が持つ日本のイメージだ」。2024年の1人当たり国内総生産(GDP)をみると、タイはミャンマーの約6.6倍。日本はミャンマーの約29倍とその差は大きい。

2人は今、軍政の圧力から開放された「外の世界」を実感しながら、祖国とそこに残した家族に心を寄せる。2人にとって「外の世界」の魅力は、祖国を素晴らしい国にしたいという原動力になっているのだ。

クンさんは日本をはじめ国際社会に期待を込めてこう語る。「ビザの種類など、ミャンマー人を受け入れる選択肢を増やしてほしい。私たちミャンマー人との交流が増えれば、日本、いや世界中の人たちがミャンマーで今起きていることにもっと関心を持ってもらえる。その結果、各国の政府が軍政に圧力をかける必要性を理解してもらえるのではないか。軍政を正式な政府として認めないでほしい」

クンさん(25歳)はシャン州のパオ族出身。2024年3月に、ミャンマーのタウンジーから、ナムサン、ランコー、ホーメインを経て、タイのメーホンソンへ脱出。チェンマイでは妹と一緒に暮らす

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