米軍に拘束されたマドゥロ大統領。写真は米ABCニュースから引用三が日の最終日、驚きのニュースが飛び込んできました。米国がベネズエラの首都カラカスを爆撃し、ベネズエラのマドゥロ大統領を拘束、国外へ移送したというです(その後の報道で、マドゥロ大統領はニューヨークに連れていかれたとわかった)。
米軍は昨年(2025年)からカリブ海でベネズエラの麻薬運搬船を攻撃したり、トランプ大統領がマドゥロ大統領と電話会談したり(その後の報道で、トランプ大統領がマドゥロ大統領に投降するよう求めたが、応じなかったことがわかった)と圧力を強めていましたが、年明け早々に一気に攻め込むとは予想外の展開でした。
米国の軍事作戦について、日本のメディアやSNSなどでは、トランプ大統領の「暴挙」と批判する声が圧倒的に多いように見受けられます。むしろマドゥロ大統領のほうに正義があるような見方。表面だけを見ればその通りですが、肝心のベネズエラ国民は攻撃を受けたものの「トランプ政権がマドゥロ大統領を退陣させた」と喜んでいます。
この大きな乖離はなぜ起きるのか。主に「4つの視点」から、ベネズエラと20年にわたってかかわり続けてきたganas編集長が読み解きます。
ベネズエラ国民は歓喜
まずは「ベネズエラ国民」(政府関係者や政権に近づいて甘い汁を吸う人たちを除く)の視点。
「歓喜」の一言です。喜びのメッセージは実際、ganas編集長のもとにいくつも届きました。
ベネズエラでは1999年に故チャベス大統領(マドゥロ大統領のボス)が政権をとって以来、初めのうちはともかく、少なくとも2000年代半ばぐらいからベネズエラ経済は徐々に狂い始めました。経済政策の失敗で(詳しくはこちらのページの「混迷続くベネズエラの現状」のところをお読みください)、ハイパーインフレと物不足が起き、デノミネーションで合計14個のゼロを取り、困窮化して国民の4分の1が国を去りました。
かといってマドゥロ政権に反対の声を上げるとどうなるか。一般人がSNSでつぶやくだけでも拘束されます。殺されるケースも。迫害、弾圧です。
マドゥロ政権は実際、政府批判をした人の家に軍人を行かせる「トゥントゥン作戦」(トゥントゥンとはドアをノックする音)を実行し、国民を震え上がらせてきました。
マドゥロ政権に表立って反対する政府関係者への弾圧はもっと露骨です。ベネズエラの国家警察機関(CICPC)の元捜査官オスカル・ペレス氏はインスタグラムのライブで「犯罪にまみれた政府に抵抗せよ」と演説したところ、暗殺されました。
亡命する野党の政治家も多数。ノーベル平和賞を受賞したマリア・コリーナ・マチャド氏がベネズエラ国内で隠れていたのは周知の事実ではないでしょうか(こちらもぜひ)。
また、マドゥロ政権が直接手をかけなくても、間接的に殺されるケースは山ほどあります。
そのひとつが、ベネズエラから米国を陸路で目指す際に必ず通る、コロンビアとパナマの間に横たわる密林・湿地地帯「ダリエン地峡」でさまざまな被害に遭うこと。ダリエン地峡は、パンアメリカンハイウェーも通っていないため、道なき道を歩いて越えます。人身売買、レイプ、死の危険があると昔から悪名高い場所です(詳しくはこちらをお読みください)。
極度の貧困は犯罪も増やします。1カ月の最低賃金が1ドル(約150円)にも満たないベネズエラ。ろくな仕事がないから、違法と危険を承知で鉱山へ金を掘りに行ったところ鉱山が崩落し、犠牲になるとか、11歳の男の子が「母の日」にお母さんにプレゼントしようと働いたのに、そのお金を奪われ、「返して」と食い下がったところ、石で殴り殺されるとか、いたたまれない事故・事件が多発しています。
「ベネズエラは安全」と発信する日本人ユーチューバーも時折いますが、1週間滞在するのと一生そこで庶民として暮らすのは負うリスクも段違い。
状況は悪くなる一方。1999年から続くチャベス、マドゥロ両政権による失政・圧政を27年にもわたって耐えてきた(そのぶん歳をとった=やりたいことができない人生に)のがベネズエラ人なのです。紛争も、大きな災害も起きていないのに、国民の4分の1が国を去った現実。これらをすべて無視して、表面的に語るのはどうなのでしょう。
ベネズエラ国民にとってトランプ大統領がある意味「解放者」に映るのは不思議とは思いません。手段の善悪(国際法的な観点)よりも、自分の生活・人生がかかっているだけに「結果」が大事なのは当たり前のことです。














