アメリカンドリームをつかみたいベネズエラ人たち、「死の罠」ダリエン地峡に殺到

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

「ダリエン地峡」という場所がある。陸路でのアメリカ大陸縦断を夢見たことのあるバックパッカーならご存じだろう。

ダリエン(地図)とは、中米パナマと南米コロンビアの間に横たわる密林に覆われた場所だ。直線距離にして100キロメートルちょっと。だが険しい山道や崖だけでなく、川や湿地もある。未開の地ゆえに、南北アメリカを結ぶパンアメリカンハイウェーもこの区間は通っていない。まともな道はない。もちろん車など走れない。

バックパッカーならば、飛行機代を払って、パナマからコロンビアへは飛べばいい。だが、南米大陸から米国へ行きたい貧しい移民(難民)にとってはどうか。道なき道を脚を使って進む以外の選択肢はない。まさに最大の難所なのだ。2022年に入ってからすでに30人が死亡または行方不明になった。

このダリエンがいま急激に、ベネズエラ人の間で注目を集めている。あるベネズエラ人は言う。

「ダリエンなんて1年前まで知らなかった。だけどいまは、ものすごい数のベネズエラ人がダリエンへ向かい、米国を目指している。まさに殺到している状態」

この話を数カ月前に聞いた私は驚き、ダリエンを越えるベネズエラ人について調べてみた。

そこでわかったのは、ダリエンを越える人は年間十数万人(2021年は13万3000人)いること。国際移住機関(IOM)によると、2022年に入ってから現在までは10万2000人(うち子どもは1万4500人)で、その68%(6万9000人以上)をベネズエラ人が占める。

これは、前述のベネズエラ人が言うとおり、ベネズエラ人がひしめき合っていることを意味する(「venezuela_informa1」というインスタグラムのアカウントに投稿された動画はこちら)。前年まではベネズエラ人がダリエンを越えるなんて聞いたこともなかったのに。

ダリエンは「死の罠」の異名をもつ場所だ。バックパッカーをはじめ旅行者は誰も足を踏み入れない。ダリエンを越えるといえば、2021年までは、ラテンアメリカの最貧国で、カリブ海に浮かぶ国ハイチの人たちがほとんどだった。ハイチ人はいったん南米大陸に渡り、そこからダリエンを経由し、米国を目指すわけだ。

死の罠とダリエンが呼ばれるのは、なにも崖から落ちたり、ロープを伝って川を渡っている最中に流されたり、または脱水症状や下痢をして死んでしまうだけではない。武装集団に襲われたり、女性がレイプや誘拐されたり、といった悲惨な事件が絶えないからだ。人権NGOや国連はかねてからこの問題を取り上げ、警鐘を鳴らしてきた。

だがベネズエラ人はなぜ、ここにきて危険なダリエンに殺到するのか。その最大の理由は、移民に比較的寛容なバイデン政権が米国で誕生したことだ。

「反米左派」を掲げるベネズエラでは2015年ぐらいから、経済が完全に破綻している。インフレ率は最大で200万%を超えた。いまは少しマシになったが、1カ月の最低賃金がわずか15ドル(約2200円)であるにもかかわらず、物価は日本とさほど変わらない。

生きるために難民として国を出たベネズエラ人の数は2022年8月5日時点で約680万人に達した(ちなみにシリア難民は約660万人)。これは、ベネズエラ国民の4分の1近くにのぼる。

行き先の多くはコロンビアをはじめとする近隣諸国だ。南米各地の路上にはいまやベネズエラ人がいて、エンパナーダやお菓子を売ったり、また売春する者さえ少なくない。

「ベネズエラにいても、かといって南米の別の国に行っても、生活は変わらず苦しい。最終手段としてアメリカンドリームをつかみたいという気持ちはすごくわかる」。あるベネズエラ人はこう語る。

ベネズエラ人から、ダリエンについての情報を交換するフェイスブックグループ(スペイン語)がたくさんあることを教えてもらった。それらをのぞいてみると、写真や動画でダリエンのようすがわかる。想像よりも過酷な旅だということも。

なかには「アメリカンドリームが終わった(失敗した)」というテーマのインタビューもあった。ひとりは「家や車を売って、米国を目指す旅のお金を用意した。だけど入国できなかった」と涙目で語っていた。10日以上ぶっ通して歩き、足が豆だらけになって、死ぬ思いをしてダリエンを越えたからといって、米国へ入れる保証はないのだ。

それにしても皮肉だ。ベネズエラ政府(故チャベス大統領)は、庶民の味方をうたい、反米左派を掲げた。なのに、貧困層へお金を回そうとした経済政策の失敗で、本来は救われるべき庶民が命を懸けて、“ベネズエラ(政府)が敵対する米国”を目指す‥‥。その一方で、後継者のマドゥロ大統領は権力にしがみつこうと独裁色を強めていく。

もっといえば、ダリエンを越えるのは実はベネズエラ人などのラテンアメリカ人だけではない。ベネズエラ人以外の32%の中には、アフリカや南アジアの出身者もいるという。

ビザが要らない南米の国にいったん入り、そこから米国を目指すのだ。その距離は、ダリエンの拠点となるコロンビアのネコクリから米国の国境の街エルパソまでの場合、ざっと4000キロメートルにも及ぶ。これはシリア・ダマスカスからドイツ・ミュンヘン(2500キロメートル)までの1.6倍だ。遠い。

米国で一旗揚げるのではなく、「米国への入国」というアメリカンドリーム。過酷すぎるし、あまりに儚い。入国自体が夢になる国で生まれ、育った人たちの気持ちを想像すると、快適な暮らしをしながら「口先だけの人生」は恥ずかしくて送れない。もっともっと動こう。

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

ダリエン地峡を超えるベネズエラ人たち(写真はニューヨークポストのバイラルフォト)

▽ダリエン地峡のようすがわかるフェイスブックグループを下でご紹介します。

Venezolanos por el Darien(ダリエンのベネズエラ人たち)
Selva Del Darién Y El Sueño Americano (ダリエン地峡とアメリカンドリーム)
sobrevivientes del darien(ダリエンのサバイバーたち)
LA SELVA DEL DARIEN(ダリエン地峡)

▽ベネズエラ人からスペイン語を習うことでベネズエラ人を助けるプロジェクト(レッスン料の大半はベネズエラへ送金)です。

【〆切10/28】レッスン料がベネズエラ人を救う!『命のスペイン語レッスン』(22年11月8日~23年4月30日)の受講者募集

▽ganasは、情報発信だけではない「行動するメディア」を方針として掲げています。活動のベースとなるのが「ganasサポーターズクラブ」

途上国を盛り上げ、途上国から学ぶコミュニティ「ganasサポーターズクラブ」