障害者となった元PDF兵士、「悪いのはミャンマー国軍のトップではない」

PDFの兵士として戦い、障害者となったツリー(コードネーム)。取材中はロンジーをはいていた。ザガイン管区とカチン州の境にあるインドー出身。軍事クーデターが起きたときは、ヤンゴンの携帯電話ショップに勤務していた。自分は何かをすべきか、何ができるだろう、と必死に考えたという(タイのチェンマイで撮影)

「民主化への道は私の生きざまだ」

――チェンマイでいま毎日何をしているのか。

「障害もあるから、定期的な職業にはなかなか就けない。ただ生活費を稼ぐ必要があるため、タイバーツとミャンマーチャットを両替する仕事などをしている。

タイに来たのはもともと、頭部のCTスキャンを撮るため。PDFの上官から休みをもらった。『良くなったら戻ってこい』と言われている。ただ私はタイにとどまりたい。

いまはここチェンマイで何ができるかを考えている。メーソットやチェンマイには負傷したPDFの兵士がたくさんいるので、彼らの生活を支えたい。たとえば国境沿いにいくつもあるミャンマー難民キャンプに農場を作って、農作物を負傷兵に提供するといった具合だ」

――左腕にたくさん彫られた入れ墨は何を意味するのか教えてほしい。

「ひとつは、ミャンマーの伝説的なロックシンガーのトゥピー(レイモンド)の歌からとった絵だ。彼は2021年5月に軍政に拘束され、その数日後に死んだとされる。アーティスト弾圧の象徴、抵抗の精神と悲劇の象徴となった。

別のタトゥーはヤンゴンのアパートを描いたもの。これは2021年8月に、民主活動家だった若者5人が国軍に追われ、ヤンゴン中心部のアパートの屋上から飛び降りた事件の現場だ。2人が死んだ。

もうひとつは、私の民主化闘争を応援してくれた父が亡くなった日付と古い桜の木の絵だ。古い桜の木は『命に限りがあること』を象徴する。

いずれも軍事クーデターの後に彫ったもの。民主化闘争をしてきた私の生きざまそのものだ」

――軍事クーデターから5年。終わりが見えない民主化のための戦いをどうとらえるか。

「私がもし障害者になっていなかったら、いまも戦い続けているだろう。結果として重傷を負い、前線から離れることになったが、常にベストを尽くしたい。

私は、ミンアウンフライン国軍最高司令官個人を嫌うことはしない。繰り返しになるが、政治システムが悪い。ミンアウンフライン氏が消えても、また別の人が新たに出てくる。

ひとつ言えるのはミンアウンフライン氏のおかげで、市民が団結し、またモチベーションを維持したまま民主化闘争が続けられているという側面もある。

民主派が勝利しても、システムを変えるための膨大な仕事が待っている。法律を整えるのもその一例だ。完全な民主主義への道のりは遠い。私が生きている間に果たして実現できるかどうか」

軍事クーデターが起きてから入れたタトゥーの数々。腕時計は、ともに戦ってきたPDF兵士だった友人から贈ってもらったもの。その友人は2月5日、カレン州のパポンで国軍の空爆を受け死んだ

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