難民の命はいくらなのか、コロンビアに逃れたベネズエラ難民「怖くてもう病院に行けない」

アレサンドロくんにスープを食べさせるマリアナさん。流産という悲しい経験をしても「また子どもがほしい。でもコロンビアでは二度と生みたくない」と話すアレサンドロくんにスープを食べさせるマリアンさん。流産という悲しい経験をしても「また子どもがほしい。でもコロンビアでは二度と生みたくない」と話す

「お金がなかったから、私の子どもは殺されたのよ」。これは、コロンビア・メデジンで暮らすベネズエラ難民、マリアン・マルドナドさんの言葉だ。当時妊娠していたマリアンさんは3週間前、ひどい頭痛と子宮からの出血に襲われ、病院に急行。ところがお金がないことを理由に診察を拒否され、子どもを流産した。

■ベネズエラ人も人間なのに

マリアンさんが流産した場所は病院ではない。自宅のトイレだ。便座に座って気張っているとき、7~8センチメートルぐらいの胎児の死体が子宮から出てきたのだ。

流産に追い込まれた発端は、メデジンの病院で十分な診療を受けられなかったからだ。マリアンさんは妊娠中、ひどい頭痛と子宮からの出血に襲われ、市内のサンクリストバル病院に駆け込んだ。だがそこには産婦人科がなかった。このためトラマドールという痛み止めを打ってもらった。

ところがトラマドールは妊婦にとって強い薬だ。胎児の死亡や死産が報告されている。マリアンさんは「そんなに強い薬とは知らなかった。おなかの中の赤ちゃんのことを考えると、打つべきではなかった。薬の名前がベネズエラと違ったため、わからなかった」と涙ぐむ。

マリアンさんは、サンクリストバル病院から救急車で産婦人科があるマンドリケ病院へ搬送されることになった。ところが救急車は5時間経っても来ない。病院になんとかたどり着いたが、病院側は、パスポートも特別滞在許可証(PEP)ももたないマリアンさんの診察を拒否した。

理由は、ベネズエラ難民はお金をもっていないからだ。正規雇用ではない彼らは、コロンビアの医療保険に入っていないことが多い。すべての人が適切な医療サービスを享受できる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の枠外にいるため、こうした仕打ちを受けてしまう。

自宅に帰ることを余儀なくされたマリアンさんはその後も2日間、子宮からの出血が続いた。発熱、めまい、嘔吐も止まらない。

マリアンさんの容体を心配したベネズエラ人の友人の紹介で、今度は私立の病院へ行った。エコー検査をしたところ、医師から「赤ちゃんはお腹の中にいない」と言われた。にもかかわらず、自宅のトイレで、胎児の死体が子宮から出てきたのは前述のとおりだ。

マリアンさんは泣きながら言う。

「お金がないからといって、診察を拒否するのはどうなのか。ベネズエラ難民も同じ人間なのに。コロンビア人がかつて難民としてベネズエラにやってきたとき、私たちベネズエラ人はコロンビア人にこんなひどい仕打ちをしなかった。コロンビア人はなぜ、ベネズエラ人に対して、こんなひどいことをするのか」

マリアンさんはいまも、胎児の死体とへその緒をアルコールに漬けて大事に保存している。流産から3週間、悲しみは収まらない。毎晩泣いているという。

「医者のせいで私は大切な子どもを失った。彼の顔は一生忘れないだろう。(トラウマで)病院へ行くのが怖い」(マリアンさん)

■研修医の医療ミス相次ぐ

子どもを生むときにマリアンさんが危険にさらされたのは、コロンビアだけではない。

マリアンさんは2019年3月までベネズエラ西部のファルコン州に住んでいた。2年前にアレサンドロくんを出産したときに対応したのは、婦人科医ではなく、研修医だった。

アレサンドロくんの出産は難産だった。研修医は、自然分娩は危険だとして、帝王切開で生むことを選択した。アレサンドロくんが生まれたのは、陣痛から始まってから12時間後。「ものすごく痛かった」とマリアンさんは振り返る。

ところが痛みはこれで終わりではなかった。退院した後、自宅に戻ったマリアンさんは、自分の腹部を見て驚いた。帝王切開で切った後の傷が開き、中から血まみれの包帯が出てきたのだ。マリアンさんは自分の目を疑った。

マリアンさんは病院に急いで戻った。包帯を取り出し、開いた傷口を縫い合わせた。「お腹の中の一部の肉は腐っていた」(マリアンさん)。1カ月ほど入院。医療用のブラシを使って毎日朝晩、傷口を消毒した。なんとか無事に退院できたという。

ベネズエラでは、研修医の失敗は日常茶飯事だ。マリアンさんの周りでも、研修生による医療ミスで母子含めて10人が命を落とした。「こうした事故はベネズエラ全体では数えきれないほど起きている。私も死ぬかもしれないとそのときは覚悟した」(マリアンさん)

■1日に800人超の妊産婦が死ぬ

出産は女性にとって命がけの行為だ。

世界保健機関(WHO)や国連児童基金(UNICEF)などが2019年に発表した報告書「妊産婦死亡の動向2000~2017」によると、世界では1日に800人以上の女性が妊娠・出産が原因で命を落としている。

地域別では、妊産婦死亡の66%(19万6000人)を占めるのがサブサハラ(サハラ以南の)アフリカ諸国だ。20%(5万8000人) が南アジア諸国。

持続可能な開発目標(SDGs)は、予防可能な妊産婦の死亡を2030年までになくすことを掲げる。ただ国連は、現在の改善ペースでは2030年までに、100万人以上の救える命は救えないとしている。