ダカールの柔道アカデミーで選手を指導中のアレックス・ジェージュさん。「柔道選手としては大成しなかった」と謙遜するが、ジガンショール州のウスイで柔道クラブも経営する。クラブの名前は、伝説のおじの名前からとって「アンクリン・ジャボン柔道クラブ」セネガルの柔道選手の人生設計を手助けしたい――。こんな目標を掲げるセネガル人柔道家がいる。アレックス・ジェージュさん、45歳だ。現在は、セネガル国内の十代後半のトップ選手が集まる、首都ダカールの柔道アカデミーで師範を務める。柔道3段。
おじは伝説の柔道家
ジェージュさんはダカール生まれのジョラ族。カトリック教徒だ。一族は南部のジガンショール州出身で、子どものころからひんぱんに帰省していた。
ジガンショール州のウスイには、ジェージュさんのおじで、“セネガル柔道のレジェンド”の異名をもつアンクリン・ジャボンさんが住んでいた。ジェージュさんはかわいがられていたという。
ジャボンさんは2025年11月に死去したが、モスクワ(1980年)とソウル(88年)の2回のオリンピックに出場。これ以外にも82年のカイロ、83年のダカール、86年のカサブランカといったアフリカ柔道選手権をはじめ、「アフリカチャンピオンに7回輝いた」(ジェージュさん)偉大な柔道家だ。
ジェージュさんはそんなおじに強制されるかたちで柔道を始めた。「セネガル相撲に憧れていたけれど、その後、柔道への情熱もわいてきた」
ダカールのシェイク・アンタ・ジョップ大学(UCAD)の学部のひとつ国民教育・スポーツ高等国立研究所(INSEPS)に進学。スポーツ科学を専攻しながら、柔道選手としてのキャリアを積んでいく。
卒業後は、柔道の師範になるためにフランスのパリで2年修業した。1年目はフランスの柔道クラブ「マッサラーズ・アルバニー柔道クラブ」が、2年目はフランス政府が費用を助けてくれた。
セネガルに帰国してからは、セネガル中部のカフリン州の高校で柔道を教える。柔道着も満足にないところから始め、フランスの柔道クラブに手紙を書くなどして古着の道着を送ってもらい、強化していった。在籍した16年の間に、「6人の教え子がセネガルのチャンピオンになった」と胸を張る。
ユース五輪でメダル目指す
ダカールにある、セネガル唯一の柔道アカデミーに移ったのは4年前だ。柔道アカデミーがちょうど、フランスとセネガルの共同プロジェクトとして立ち上がったからだ。
柔道アカデミーがあるのは、セネガルの政治経済の中心地に建つラミンゲイ高校の敷地内。セレクションに受かった高校生らはここで寄宿生活を送りながら、日中は高校で授業を受け、朝は体力強化を、午後は柔道の技術を磨く。週5日、1日2~3時間練習する。駐セネガルのフランス大使館が生徒の生活費を払ってくれているという。
柔道アカデミーの生徒は現在25人。在籍期間は基本4年だが、柔道の結果が振るわないなど問題がある場合は去らなければならない。なかなか厳しい。
テニスコート1面分ぐらいの広さの柔道場があり、畳もきちんと敷かれている。ここで、ジェージュさんを含むセネガル人の師範2人と日本から派遣されたJICA海外協力隊員(愛知大学柔道部出身)が日本の柔道部のような稽古をつけていく。
選手らはこの日(記者が取材した3月23日)、ダカール市郊外で3月28~29日に開かれる国際大会「柔道ダカール・オープン」(主催:セネガル柔道連盟)に向けて汗を流していた。国際大会といってもアフリカがメインになるとのことだが、「フランスやエジプトからは参加があると聞いている」とジェージュさん。柔道アカデミーからは25人全員がエントリー済みだ。
また半年後の10月31日には、アフリカ大陸初のオリンピックイベント「2026年ダカールユースオリンピック」がダカールで開幕する。セネガルの枠は2人。ジェージュさんは「だれを選ぶかはまだわからない。でもメダルをとるチャンスはある」と自信をのぞかせる。

練習の前に、畳を水拭きする柔道アカデミーの生徒ら。25人の生徒のうち、女子選手がおよそ半分を占める

柔道アカデミーの道場で練習に励む生徒ら。日本の柔道部のようだ













