英仏のパレスチナ国家承認はイスラエル占領の終結に言及せず、早尾貴紀教授「名ばかりだ」

東京経済大学の早尾貴紀教授。1973年生まれ。専門はパレスチナ・イスラエル研究、社会思想史。1990年代の「オスロ和平」期にパレスチナとイスラエルを訪問。2002~04年(第2次インティファーダ期)にヘブライ大学客員研究員として東エルサレム在住、ヨルダン川西岸地区、ガザ地区、イスラエル国内でフィールドワークを行う

パレスチナの領土の承認、イスラエルの占領の終結、入植地の全廃、ジェノサイドを続けるイスラエルへの制裁――。「英国やフランスの国家承認はこうした本質的な課題に触れていない」。日本基督教団大阪教区が東梅田教会で9月23日に開いた講演会「ガザの今、これから」(参加者105人)で、東京経済大学の早尾貴紀教授はこう批判した。

条件を付けるな

講演会で早尾教授が訴えたのは、国家の承認は「無条件」であるべきこと。英国、フランス、カナダ、オーストラリアなどはパレスチナを国家として承認する際に「パレスチナ自治区ガザを統治するイスラム組織ハマスがガザまたはパレスチナ自治区全体の統治にかかわらないこと」を求めた。早尾教授は「パレスチナ人の自決権を無視したもの。パレスチナの統治については彼ら自身が決めることだ」と主張する。

「ハマスの排除」がパレスチナ人の民意を反映していないことは世論調査からも明らかだ。

パレスチナの独立系シンクタンク「パレスチナ政策調査研究センター(PSR)」がヨルダン川西岸とガザで2025年10月に実施した世論調査の結果を見ても、ガザでの支持率はハマスの41%に対して、ファタハ(パレスチナ自治政府の中核を担う政党)は29%にとどまる。パレスチナ全土に広げても、ハマスへの支持は23年10月以来一貫してファタハを上回る。

この調査ではまた、パレスチナ自治政府の指導部がいまとるべき最も重要な措置は何か、とも質問した。最も多かった答え(37%)は「ハマスを含むすべての政党が参加する選挙を実施すること」。次いで「ハマスを含むすべての政党を含む国民統一政府の結成」(31%)だった。

人間性と正義の問題だ

国家承認の効果について早尾教授は「イスラエルと米国を孤立させた側面もある」と言及する。ただその一方で「(イスラエルがガザで続ける)ジェノサイドなどで不満を高めるパレスチナ人にとっての『ガス抜き』にしかならないだろう」と切り捨てる。

パレスチナを国家として9月時点で承認済みなのは、主要7カ国(G7)に名を連ねる英国、フランス、カナダを含む約160カ国だ。国連加盟国の約8割にのぼる。だがイスラエルのネタニヤフ首相は「パレスチナ国家は存在しない」と真っ向から否定する姿勢は崩さない。

パレスチナの国家承認について、エジプト・カイロ在住のパレスチナ人で、女性起業家のロザン・エル・ハゼンダルさんは「パレスチナ人の存在とアイデンティティを認める一歩としては象徴的な意味があると思う。希望を与えてくれるかもしれない‥‥」と語る。

ただ重要なのは今後だ。国家として承認するのであれば「パレスチナ人としての尊厳、移動を含む自由、故郷で安全に暮らすことは保証されるべき。政治の問題ではなく、人間性と正義の問題だ」と、ロザンさんは実効性の伴う行動を求める。

ロザンさんがカイロにやってきたのは、ハマスがイスラエルを奇襲した2023年10月7日の前日だった。ロザンさんはもともとガザの住民。ガザの女性たちの自立を支援する製品を売る、滋賀県大津市を拠点とするフェアトレードのオンラインショップ「パレスチナ・アマル」にも服のデザインを提供したことがある。

ロザンさんは、エジプト・ラファの検問所で多額の手数料を支払いガザを出て、エジプト経由でチュニジアへ出張していた。国外脱出を手助けするブローカーは数千ドル~1万ドル(30万~150万円)の手数料を要求するとされる。ガザへ戻るためにロザンさんは再びエジプトへ戻ってきた翌日(10月7日)、ガザにいる妹から連絡が入った。「いまは帰ってこないで。何が起きているのかよくわからないけど、カイロに『数日』とどまっていればガザに戻れると思う」と言われたという。

ロザンさんは、その数日が終わるのをいまも待つ。英国やフランスなどがパレスチナを国家として承認しても、ガザの封鎖解除やパレスチナ人の移動の自由が保障されることはない。

ガザ市のアルラッシュド通りの夕景。かつては美しい風景が見渡せて、ロザンさん(写真)も大好きな場所だった

上の写真と同じ場所を、ハマスがイスラエルを攻撃した2023年10月7日以降に撮ったもの。撮影日は不明。布製のテントや掘立小屋がひしめく。冬の現在は大雨が続き、低体温や凍死で子どもが相次いで命を落とす。ロザンさんは「(人間による解決策が尽きたと思われるいま)ガザ住民の希望は天からの奇跡か神のもとへ行くことだけ」と語る