怖れに立ち向かう「スーチースピリット」、賃上げを勝ち取ったミャンマー人女性に宿る

OLYMPUS DIGITAL CAMERAヤンゴン市北部のラインタヤ地区の縫製工房で働くキントゥトゥミンさん

ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問が国民に求める「怖れからの解放」の精神が、一般のミャンマー人女性にも宿っている。キントゥトゥミンさん(24)は2014年、当時の勤務先だった台湾系縫製会社ボガートのヤンゴン工場(ヤンゴン市ラインタヤ地区)でストライキを起こし、自分は解雇されたものの、他の従業員の賃金を倍増させることに成功した。「行動を起こさない男性より先にストを起こしたことを誇りに思う」とキントゥトゥミンさんは胸を張る。現在は近くにある別の縫製工房でミシンを踏む。

キントゥトゥミンさんがかつて働いていたボガートのヤンゴン工場には男女含め2000人の従業員が働いていた。男女間で待遇の差は特になく、月収は1人10万チャット(約1万円)~20万チャット(約2万円)。世界銀行によると、ミャンマーの1人あたりの国民総所得(GNI)は月当たり16万2500チャット(約1万6300円)であるため、キントゥトゥミンさんのそのころの月収(10万チャット=約1万円)はミャンマー平均の6割だった。勤務時間は朝7時半~午後6時。週休1日だった。

キントゥトゥミンさんらは、女性を中心とする約200人の従業員で労働組合を結成し、待遇改善を求めてストライキを打った。このことが経営層の逆鱗に触れ、キントゥトゥミンさんらは解雇され、15人は訴訟も起こされた。

キントゥトゥミンさんらが解雇された後の縫製工場では月給がアップし、最も月給の低かった従業員も20万チャット(約2万円)をもらえるようになった。これはかつての2倍だ。

ただ、キントゥトゥミンさんはボガートにはもういない。キントゥトゥミンさんは今、国際労働組合総連合(ITUC)とミャンマー労働組合総連合(CTUM)の支援を受けてラインタヤ地区に立ち上がった縫製工房「ミャンマー被解雇者支援プロジェクト」で働く。月給は13万チャット(約1万3000円)。前職と比べるとわずか3万チャット(約3千円)のアップだ。「5人家族で、月に10万チャットの家賃を払っている。暮らしていけるけど、十分ではない」と苦笑いする。

皮肉なのは、ストライキを起こした者よりも、過酷な労働環境をただ受け入れて、行動を起こさなかった人の方がかえって高い賃金を得ている現実だ。

しかしキントゥトゥミンさんは誇らしげに言う。「工場(経営)側にプレッシャーをかけただけでなく、労働者でも訴えられるのだという『労働者パワー』を見せつけられたから、後悔していない。工場では、女性だから男性より安い賃金だったということはない。動かない男性の代わりに最初に権力に反発できたことを誇りに思う」

男勝りのこの強さは、アウンサウンスーチー氏が国民に求め続けた「怖れからの解放」の精神を彷彿させる。人は権力によってではなく、怖れによって堕落する。真の民主主義を実現するためには、他人任せに権利を主張するたけでなく、行動が伴わなければいけない。自分の心の中にある「怖れ」という感情によって堕落した精神を、自ら行動を起こすことで律しなさい、という精神だ。

キントゥトゥミンさんら女性労働者は、「怖れ」を捨てて経営者に立ち向かった。実際、自ら行動を起こした彼女は、かつて縫製工場で働いていた時よりも、今の労働条件と仕事に満足している。縫製工房に移ってからは、週休2日で、1日8時間労働になった。なにより、ストライキを通して一致団結した仲間と自由な雰囲気で仕事をしているのが幸せだという。