トランプ勝利で不安なのは不法移民だけではない! アフリカ系・イスラム教徒にも恐怖広がる

1128矢達さん、P左がニューヨーク州西部のウェルズビルで発見された落書き(USAトゥデイより) 。右はミネソタ州ミネアポリス郊外の高校で発見された落書き(CBSミネソタより)

米大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏は11月13日、当選後初の公式なテレビインタビューで、就任後まず不法移民のうち犯罪歴のある者、ギャング関係者、麻薬取引関係者など200万~300万人を強制送還する意向を明らかにした。しかし、トランプ氏の当選に不安を抱いているのは不法移民とその家族だけではない。合法に滞在する移民にも恐怖の波が押し寄せている。

■高校のトイレに「アフリカへ帰れ」

「トランプが当選してから、道を歩いているときに急に攻撃されたらどうしよう、と不安に思うこともある。私は黒人女性だから」と言うのは、2010年に大学で学ぶため西アフリカのガーナから米北西部ネソタ州へ移住したエフィアさん(仮名、24歳女性)。

こうした不安を裏付けるのは、トランプ氏当選後に米国全土で激化するヘイトクライムだ。ニューヨーク州西部のウェルズビルの野球場には、「米国を再び白人の国にしよう」という文言が、ナチス・ドイツのシンボルであるかぎ十字(スワスティカ)とともに大きく書かれていた

ミネソタ州ミネアポリス郊外の高校でも、トイレに「アフリカへ帰れ」「白人のみ(ホワイト・オンリー)」「白人のアメリカ」「トランプ」などの落書きが発見された。

ムスリム(イスラム教徒)に対するヘイトスピーチも激化している。米国最大のソマリア人コミュニティがあるミネソタ州では11月11日、ミネアポリス郊外の中学校でクラスメイトが無理やりムスリムの女子生徒のヒジャブ(ムスリム女性が頭皮を覆い隠すために着用するスカーフ)を脱がせ、それを地面に叩きつける事件が起きた。女子生徒は恐怖心がぬぐえず、しばらく登校できない状態だという。

米国最大のムスリム権利擁護団体ケアー(CAIR:The Council on American-Islamic Relations)ミネソタ支部のジェイラニ・フセイン事務局長も「11月8日の大統領選以降、米国でムスリムやその他少数派をターゲットにした事件数が跳ね上がった」とコメントしている。トランプ氏が「イスラムは私たち(米国)を嫌っている」「ムスリムの入国を拒否すべきだ」などと繰り返し発言したことが、イスラムフォビア(イスラム教徒に対する恐怖)を助長してしまった可能性がある。

■イスラムフォビアはオバマ大統領のせい?

しかし、イスラムフォビアの根本的な原因がトランプ氏にあると決めつけるのは安易だ。ジェイラニ・フセイン氏は「ミネソタ州で最初に起こったムスリムへの暴力事件は、トランプが大統領選出馬を宣言する前の2015年5月にさかのぼる」と、11月15日にミネソタ大学で開かれた公開セミナー「イスラムフォビアがはびこり、偏見と暴力が復活する時代に生きて」で語った。

ミネアポリス郊外で起こったこの事件では、友人宅から息子が出てくるのを車内で待っていたムスリム夫婦を疑わしく思った白人女性が、夫婦に銃口を突き付けたというものだ。

このセミナーに登壇したカフィア・アフメド氏(東アフリカの会社や団体を支援するカイル・ソルーション副代表)は、イスラムフォビアの大きな原因は、オバマ大統領の政策にあると見る。「オバマ大統領は彼の前任者(ジョージ・W・ブッシュ氏)と同様にムスリムコミュニティを『脅威』とみなし、2011年から『暴力的な過激派への対策』(Countering Violent Extremism:CVE)というプログラムを主導した」とアフメド氏は説明する。

CVEは、国土安全保障省、司法省、国務省、国防総省、米連邦捜査局(FBI)、米国際開発庁(USAID)などと協力し、「暴力的過激派」が他の個人や集団を過激な思想に染めたり、暴力行為に動員したり、または暴力行為をするための経済的支援をしたりするのを防止する取り組みだ。

問題は、CVEがムスリムコミュニティを主要な捜索の対象とし、他のあらゆるテロ脅威となりうる国内の集団を見逃していること。政府がムスリムコミュニティを優先的に捜索することで、国民の間にムスリムを異常なまでに恐れ、暴力の対象とする空気ができあがってしまった、とアフメド氏は語る。

オバマ政権が「生み出した」イスラムフォビアの風潮は、トランプ政権下でますます悪化していく見通しだ。アフメド氏は「CVEは、オバマ大統領の政策の中でトランプ次期大統領が同意する数少ない政策の一つだ。トランプ氏は、オバマ氏がつくりあげたCVEを大いに利用していくだろう」と断言した。

■移民は成功してはいけないのか

移民を不安に駆り立てているのは、人種差別だけではない。2003年に東アフリカのケニアからミネソタへ移住し、いまはミネソタ大学で働くルスさん(仮名、30代前半女性)は言う。

「トランプはキャンペーン中、私の持っている就労ビザ(H-1Bビザ)を廃止すると主張してきた。もしそれが実現すれば、私は米国にいられなくなる。まあ、彼がこうした政策を本当に実行できるかは疑問だが。そもそも米国は移民の国であり、出身国を問わず努力すれば報われるという『アメリカンドリーム』の価値観が土台にあるはずなのに・・・」

アメリカンドリームを拒否するトランプ氏に多くの米国人が投票したのはなぜか。「トランプ氏が支持を集めた背景には、移民に対する白人中間層の不満があるのでは」と分析するのは、2009年にケニアからミネソタへ教育目的で移住したジョセフさん(仮名、30代前半男性)だ。「2008年のリーマンショック以前の米国では、大学を出ていなくても良い仕事に就けた。景気が悪くなってからは、大卒以上でないと厳しくなった」

ある白人の中年女性と2015年に出会ったときの経験をジョセフさんは語る。「彼女は、仕事を見つけるのにとても苦労していた。自分の収入で賄える家賃のアパートすら見つからないと言っていて、とても驚いた。米国には、僕のように留学でやってきて、修士号や博士号を取得し、良い仕事に就く移民がたくさんいる。生活が厳しくなった白人中間層にとって、僕らはトランプが言うように『仕事を奪う存在』に見えるかもしれない」

ジョセフさんは、白人の中年女性の立場を理解しながら、こうも続ける。「ただ僕から言わせれば、移民がそれなりの仕事に就いているのは、僕らがかなり努力しているからだ。滞在資格がなくても生きていける米国人と違って、僕らは絶えず十歩先、つまり次の教育や仕事をどうするかを考えて準備しないと、ビザが切れて国に送り返されてしまう。常にシビアな状況に置かれて努力しないといけない僕らが、普通の米国人たちよりも結果的に成功するのは、理に適っていると思う」

ジョセフさんが何よりも恐ろしいと感じるのは、トランプ氏のような人種差別的な候補者に投票してしまうほど、米国人が追い詰められていたという現実だ。「米国では社会的・人種的な分断がさらに広がっていくだろう。僕は大人だから、人種差別を受けてもそれなりに対応できる。だが対応力のない移民の子どもたちが差別を受けて、トラウマを抱えてしまうのが心配だ」