【ganas×SDGs市民社会ネットワーク④】先進国の「豊かさ」と途上国の「貧しさ」はつながっている? NGOネットワーク「動く→動かす」の稲場雅紀事務局長に聞く

SDGsを達成するために活動するNPO法人「動く→動かす」の稲場雅紀事務局長。「アフリカ日本協議会」の国際保健部門ディレクターも兼務する。2016年にケニア・ナイロビで開かれた第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)のためのNGOネットワーク「市民ネットワーク for TICAD」の世話人も務めた。

「持続可能な開発目標(SDGs)」を掘り下げる連載「ganas×SDGs市民社会ネットワーク」の4回目では、NGOネットワーク「動く→動かす」の稲場雅紀事務局長に「目標16:平和と公正をすべての人に」(具体的なターゲットはこちら)についてインタビューした。稲場氏は「SDGsを構成する17の目標の中でも、途上国の発展にとってとりわけ重要なのは、平和・民主主義・透明性・能力の高い行政機関などを掲げた目標16。多くの途上国が発展できない仕組みを作ってきたのは先進国だということを忘れてはならない」と言い切る。

■行政能力なしに何も実現できない

――SDGsの「目標16:平和と公正をすべての人に」の意義は何か。

「目標16のターゲットを見ると、犯罪を含むあらゆる暴力を軽減し、すべての人に公正な司法へのアクセスを保障し、腐敗がなく高い能力をもつ行政機関の確立を促す内容となっている。

途上国の開発を考えるうえで、行政の能力を上げるのは重要だ。公的な医療保険制度を例にとっても、保険で賄われる医療費がもしタイミング良く病院に入ってこなければどうなるか。病院側は、全額を自費で払える患者を優先し、保険を使う患者を後回しにする。そうなれば、公的医療保険制度は失敗に終わる。適切な請求に対し、タイミング良く資金を流せる行政能力が、公的医療保険制度を成功させるカギにもなる」

――目標16にNGOはどうかかわっているのか。

「NGOはかねて、途上国政府の行政の透明性や腐敗を批判してきた。例えばウガンダでは、NGOのネットワークであるウガンダ全国NGOフォーラム(UNGOFF)が、公共サービスでの腐敗や汚職を告発する『ブラック・マンデー・キャンペーン』を展開している。

SDGsの目標1~15は、『飢餓をゼロに』『質の高い教育をみんなに』など政治的な手段についての目標を定めている。これらを実行するにはまず、政府や行政機関の組織の能力や透明性を高める必要がある。これが目標16だ」

■日本は先進国だが人権後進国

――先進国は一見すると目標16はすでに達成しているように感じる。日本も向き合っていくべきか。

「もちろんだ。目標16の課題は、実はその国の豊かさにかかわらず存在する。日本も例外ではない。

日本では、刑が確定していない刑事被告人を、刑事施設の拘置所ではなく、警察署内にある留置場に収容することができる(いわゆる「代用監獄」制度)。警察は、犯罪の被疑者を逮捕し、取り調べる組織のはず。警察の役目が終わったはずの被告人を拘置所でなく、留置場に収容し続ける制度は、他の先進国では例がない。警察庁の統計によると、日本の留置場に収容されている人の6割弱が刑事被告人だ」

――日本は人権後進国なのか。

「代用監獄制度は冤罪の温床だとして、国内外から厳しく批判されてきた。しかし政府は『監獄』を『刑事施設』に言い換えるなど、小手先の法改正でやり過ごし、抜本的に変革しない。

日本は制度としては民主主義を導入している。だが民主主義の基本である人権の保障については政策的に十分に配慮してこなかった。これは、先進国・日本に残る新興国的な部分。同様に、シンガポールをはじめ、民主主義とともに発展してこなかった新興国の多くは、行政の透明性や人権の保障といった問題を抱える」

■途上国を助ける意識は捨てろ

――先進国に住む私たちは目標16に対してどう取り組んでいくべきか。

「一つの課題として私が指摘したいのが『上から目線』の構造。『豊かで幸福な国・日本が貧しい途上国の子どもを救う』という意識だ。これを捨て去る必要がある。

米国の政治学者フランシス・フクヤマは著書『歴史の終わり』のなかで、90年代の冷戦の終焉をもって資本主義と民主主義が勝利し、社会制度の発展はこれ以上ない(つまり歴史の終わり)と論じた。歴史の終わりの向こう側、言い換えると太平楽にいる日本が『かわいそうな途上国の子どもを救う』という認識は“二重の意味”で誤りだ」

――二重の意味で誤りとは。

「まず、日本も問題を抱えている。貧困・格差、少子高齢化、気候変動、災害の多発などだ。自国の持続可能性にも私たちは目を向け、未来に向けた歴史のかじ取りをする必要がある。

もう一つは、歴史や世界システムという視点から見ると、途上国の貧困と先進国の豊かさには強い相関関係が存在するということだ。つまり途上国を救う以前に先進国は、途上国の貧困に対して歴史的責任がある。奴隷貿易、植民地支配、先進国に有利な貿易ルールなどを強制してきた。この歴史はどこかで断ち切らなければならない」

■平和は「戦争がない状態」ではない

――目標16は「平和」と「公正」に言及している。平和とは何か。

「平和学には『消極的平和』と『積極的平和』という概念がある。消極的平和とは、単に戦争や暴力がない状態のこと。これに対して、戦争や暴力がないだけでなく、誰もが教育や保健など必須の社会サービスを享受でき、自分の考えを自由に表明できる権利など、人権が満たされ、尊厳のある人生を歩むことができる状態が積極的平和だ。

2つの平和の違いは、シリアの問題を考えれば理解しやすいかもしれない。21世紀最大の戦乱にある今のシリアと比べ、アサド政権の支配が徹底していたかつてのシリアを『平和で良い国だった』と振り返る人がいる。しかしその平和は、弾圧・殺戮の恐怖によって維持されていた」

――かつてのシリアは消極的な平和にすぎなかったということか。

「そうだ。弾圧をしていたのが、世俗派のアラブ民族主義・アラブ復興社会主義を掲げるバース党のハーフェズ・アル=アサド政権(1971~2000年。現大統領の父)。シリアで多数派のイスラム教スンナ派の『イスラム復興主義運動』の挑戦に手を焼いていたさなかの1982年、アサド政権は、シリア西部のハマーで2万人以上を虐殺した。ハマーは、アサド政権に反発するイスラム復興主義運動勢力の拠点だった。これがきっかけで、イスラム復興主義者の運動は一時ついえた。

シリア内戦は現在泥沼化しているが、これはアサド政権による弾圧的な統治ゆえに起こったといえる。一般に、独裁政権による統治が過酷であればあるほど、政権の崩壊期に発生する混乱は深刻になる。シリアだけでなく、いまだに分裂と内乱が続くリビアもそうだ」

■グローバル化で強まる弱肉強食

――平和と公正はどう関係するのか。

「消極的平和と積極的平和の違いは、平和を下支えするのが『暴力』なのか、それとも『公正』なのかということだ。

アサド政権下の平和は、弾圧や殺戮という恐怖、相互の監視システムの上に成り立っていた。公正ではない形で国家権力が確立され、富もまた公正に分配されていなかった。だから暴力が必要だったのだ。

シリアは特殊なケースかもしれない。だが先進国を含むすべての国で程度の差こそあれ、不公正は存在する。特に貧富の格差など経済的な不公正は、経済のグローバル化の中で『構造的暴力』と化し、ますます問題になっている」

――グローバル経済と公正は相反するものなのか。

「人間の歴史は不公正をめぐる歴史ともいえる。不平等を克服する新しい仕組みを作るために20世紀に登場し、資本主義を脅かしたのが、社会主義・共産主義運動だ。

社会主義に対応して、資本主義も大きく変わった。弱肉強食の分配を改め、政府の役割を増大させた。一部の先進国は福祉国家を実現した。公的な社会保障制度や教育制度を作り、曲がりなりにも生存と基本的な社会サービスをすべての人が受けられるようになった。

しかし残念だが90年代初頭の冷戦終了後、経済のグローバル化と世界の単一市場ができた影響から、資本主義の弱肉強食的な分配の論理が復興してきた。こうした中で、SDGsにある『公正な分配に基づいた持続可能で強くしなやかな社会』をどう作っていくかが、私たちの課題だ」

■アフリカの裁判官は金髪のかつら

――西欧が途上国を支配してきた歴史をどうとらえるべきか。

「アフリカ諸国は西欧の植民地となった歴史をもつ。その結果として、現在も50余りの国に分かれ、それぞれの国に言語も文化も異なった民族が数多く一緒に暮らしている。アジア諸国と違って、独自の公用語を形成・発展させることも難しいという状況だ。

こうした『発展を困難にする初期条件』により、アフリカの国々の多くが、発展のさまざまな段階でつまづき、混乱に直面している。途上国に対する先進国の歴史的な負債はいまだに返済されていない。

先進国と途上国がそれぞれもつべき責任について、京都議定書は『共通だが差異ある責任』という原則を明記していた。ところがSDGsでは『共有された責任』に変わった。これをもって南北対立という認識は時代遅れ、と指摘する向きもある。だが南北対立が解消したと見るのはまだ早い」

――そもそも「近代国家」という形態が西欧の産物では。

「旧英領だった国では今も、裁判官は裁判中、バッハの肖像画のような金髪のかつらを被る。これは英国の習慣の名残。裁判所で人を裁く威厳を保つためにかつらが必要なわけだ。

(西洋の)普遍性を装った近代国家が植民地に密かに輸入した文化による支配とそれに対する抵抗が、世界中の戦争や混乱の伏線になっているといっても過言ではない。イスラム国(IS)をはじめとするイスラム聖戦主義運動などもその一つだ。

ただ、かつての社会主義国家の崩壊以降、近代国家に対抗する形で、一定の完成をみた国家はない。目標16は、近代以降の国家がもつ『普遍性』の部分(平和、民主主義、人権など)を徹底させるため、市民社会(NGO)も参画するハイブリッド型にすることで、既存の国家機構が抱える問題の克服を目指すものだ」