インドネシア・バタン石炭火力発電所の建設に反対!激怒の地元市民らが来日

13535955_10210015768414343_1325628537_n

インドネシア中部ジャワ州バタン県での石炭火力発電建設事業に反対するインドネシア地元市民らが来日し、環境省の記者クラブで9月8日、記者会見を開いた。来日したのは、地元住民リーダーのロイディさんとタリュンさん、インドネシア・リーガル・エイド協会のワヒュ・ナンダン・ヘラワンさん、国際環境NGOグリーンピース・インドネシア事務所のアリフ・フィヤントさんだ。日本とインドネシアが官民を挙げて進める同事業は「環境、住民の健康、そして雇用に深刻な被害を与える」として、4人は事業の中止を強く訴えた。

住民の反対運動で、事業側は土地買収に悪戦苦闘

バタン石炭火力発電所は、実際に建設されれば「東南アジア最大級(2000MW)」になるといわれており、電源開発株式会社(Jパワー)と伊藤忠商事などが出資を決定している。事業費の総額は約40億米ドル(約4060億円)で、その40%にあたる約16億米ドルを国際協力銀行(JBIC)が、27.5%にあたる約11億米ドルを三井住友銀行やみずほ銀行などの民間銀行団が融資する予定。発電した電気は、25年間にわたってインドネシア国有電力会社(PLN)に売却され、中部ジャワ州の北海岸に建設予定の工業地帯に供給される。

この融資契約の締結期限が2年連続で延長されている。住民の猛烈な反対から、発電所建設予定地(226.4ヘクタール)の買収が進んでいないためだ。用地確保は融資の前提条件。延長後の期限は10月6日に迫っているが、用地はまだ85%程度しか確保できていないという。

グリーンピースのアリフさんは「この期限が守られない場合は、事業自体を中止すべきだ。なぜなら、土地収用が進まないことは、住民が事業開始を望んでいないということを意味するからだ」と訴える。現在も約50人の地主が、約55ヘクタールの土地の売却を断固拒否しているという。

「雇用奪わないで」訴える農民と漁民

住民が最も恐れているのが雇用の喪失だ。発電所建設予定地とその周辺の村では、漁業が盛んなロバン村を除き、住民のほとんどが自作農、小作農、または日雇い農業労働者として農業に従事している。地元住民リーダーのタリュンさんは「土地は非常に肥沃で灌漑も整っているため、年に3回も稲作が可能だ。米だけではなく、ジャスミン、ココヤシ、カカオ、バナナなども育つ。発電所の建設により農地を失えば、地元住民達は生計手段を失うことになる」と懸念する。

被害を受けるのは農民だけではない。ロバン村に住む約2000人の漁民も、職を失う恐れがある。事業の実施される海岸地帯は、ジャワ北海岸線でもっとも漁獲高の大きい地域のひとつであり、そこに住むロバン村の人々はカニやイカ、エビなどを穫って生計を立ててきた。グリーンピースは「発電所からは、年間約226キログラムの水銀の排出が推定されている。たった0.907グラムの水銀でも、0.1平方キロメートルの面積の池で魚が食用に適さなくなる可能性もある」とその影響を指摘する。事業によって水質が汚染されれば、魚の消費者への健康被害が懸念され、漁業は成り立たなくなるだろう。

地元住民らは「事業によって私たちの暮らしがよくなる、と言われるが、事業がなくても私たちは豊かに暮らしてきた。職業訓練が実施されたとしても、発電所での職業機会を得ることができるのは、教育を受けた一部だけだ」と言う。農民や漁民の多くは、高卒や中卒、小卒で、なかには小学校を卒業していない人もいる。「農民や漁民である私たちの主要な生計手段が奪われれば、私たちの暮らしがより悪くなるのは確実」と住民らは不安を口にする。

また、ロイディさんは「私たちは、石炭火力発電所が建設された他の地域で、実際にさまざまな環境・健康被害に苦しむコミュニティを目の当たりにしている。同じ悲劇は望まない」と訴えた。

反対住民への人権侵害、法律違反も

「事業に反対する住民への脅迫やいやがらせ、暴力行為なども起こっている」と、弁護士のナンダンさんは話す。「インドネシア政府と企業が共謀して、反対派の住民を犯罪者に仕立て上げ逮捕する事例や、土地の買収を促すために、住民が脅迫されるケースもある」。2013年7月には、農民の許可なく企業が農地のボーリング作業を開始しようとしたため、農民が抵抗。その農民らに対して国軍が暴力を行使し、約15人が負傷した。

また、事業には透明性もない。環境影響評価についての公聴会が、各村で住民向けに開かれたが、公聴会に参加できたのは事業側から招待状を受け取った人々のみ。公聴会の会場は1000人以上の兵士・警察官が厳重に警備し、招かれていない住民たちは入ることができなかったという。

さらに、土地に対する補償金の基準もなく、補償金額は不公正。土地収用が難航してきてからは、補償金額を徐々につり上げて売却を促するなどしている。

気候変動も加速させる

「バタン石炭火力発電所が建設されれば、年間1080万トンの二酸化炭素を排出することになる。これは、2009年のミャンマー一国の排出量に相当する」とアリフさんは言う。インドネシア政府は「2020年までに温室効果ガス排出量を26%削減する」と2009年に公表したが、発電所の建設はこの目標達成を脅かすものだ。

アリフさんは「東南アジア、特にインドネシアは気候変動の影響に対して非常に脆弱」と指摘する。洪水や干ばつで食料安全保障が脅かされているほか、水系感染症や昆虫媒介性疾病(マラリア、デング熱など)の増加なども見られるそうだ。「この事業が実施されることで、インドネシアや東南アジアの気候変動をさらに加速させうる」と警報を鳴らした。

日本の融資は「世界の潮流に逆行」

グリーンピースやフレンド・オブ・ジ・アース(FoE)などの環境NGOは、「同事業は世界の潮流に逆行するものだ」と批判する。国際社会は気候変動対策のため、二酸化炭素排出量の多い石炭火力発電所を減らす方向へと向かっているからだ。グリーンピースによると、米国政府、北欧5カ国、世界銀行、欧州投資銀行、欧州復興開発銀行などが、石炭関連事業への融資を控える方針を示しているそうだ。

しかし、そのような環境団体からの批判を尻目に、事業側は「発電所は環境負担の少ない『超々臨界圧技術(蒸気ボイラの圧力と温度を超々臨界圧に引き上げタービンを回す技術)』を使うため、インドネシアで一般的な亜臨界圧石炭火力発電所と比べ、使用燃料を約1割削減、容量1000メガワットあたり二酸化炭素排出量を年間約50万トン削減できる」と、環境への配慮をアピールしている。

日本政府も、高効率石炭火力発電設備のパッケージ型海外インフラ展開を押し進めたい考えだ。2013年6月の「日本再興戦略」では、「先進技術開発を加速し、世界最高水準の効率を有する火力発電を我が国で率先して導入するとともに、世界へ積極的に展開する」との立場を示している。

環境団体にとって、このような日本の立場は理解しにくい。「この石炭火力発電所に必要とされている40億ドルは、コミュニティーや健康、環境への負の影響を回避する再生可能エネルギーの促進に振り分けられるべきだ。発電所が建設されれば、日本とインドネシアの間の協力関係において、醜い象徴となるだろう」とアリフさんは強く訴えている。(矢達侑子)