【カンボジア伝統芸能に向き合う若者たち②】グローバリゼーションの中で「復興」に立ち向かう

カンボジア121221

クメール文化の伝統芸能を復興させようと頑張るカンボジアの若者たちがいる。第2回連載では、カンボジアでの現地調査(2012年7~8月)を踏まえて、彼らはどんな経緯で伝統芸能に興味をもち、学ぶようになり、そしてどんな困難に立ち向かっているのか――など、カンボジアの若者の“知られざる姿”を紹介したい。

■上品な振る舞いを学ぶ女子生徒?

伝統芸能をなぜ始めたのか。カンボジア王立芸術大学の学生、その初等教育機関(芸術大学に至るまでの中学・高校)の生徒、NGOアムリタ・パフォーミングアーツで活躍する若いアーティストら、私が話を聞いた合計20人(年齢16~31歳)のうち11人は「前から伝統芸能に“漠然”と興味があったから学び始めた」と答えた。ただその半面、「伝統芸能を継承したい」との強い思いを抱いて伝統芸能を始めた者は少なかった。

意外だったのは、家族や親せきの勧めで芸術大学の初等教育機関(芸術初等学校)に入学した生徒が多かったことだ。なかでも女子生徒らが「古典舞踊を学ぶことで、女性的で上品な振る舞い方や表情を学べる、と家族に言われたから」と口を揃えたことは私にとって大きな驚きだった。

芸術初等学校には、通常の公立校で学ぶ一般教養科目(歴史や数学、物理、英語など)の授業もある。このため親としても、子どもを安心して学校に通わせることができるわけだ。生徒たちは、午前中は伝統舞踊を習い、午後は一般教養科目の授業を受けている。

一般教養科目の授業がない日の午後に、古典舞踊の教師の家に通い、直接指導を受ける生徒もいる。勉強と芸術の両立について「充実した日々を送っているけれど、本当に毎日が忙しい」と本音を漏らす生徒も。カンボジアでも、伝統芸能を習得するにはいばらの道が待ち受けているのだ。

■将来の不安と闘う

伝統芸能を学ぶカンボジアの若者たちは、実は、さまざまなプレッシャーや困難と闘っている。これは、現地調査で私が強く感じたことだ。

大きな不安のひとつが、芸術初等学校や王立芸術大学を卒業した後の進路と就職口だ。卒業後に就ける仕事が限られるという厳しい現実がある。国立劇場の踊り手や、芸術初等学校や王立芸術大学の教師として働きたくても、競争率の高さから、その夢をかなえられる者はほんの一握り。他の選択肢は少ないという。

こういうリスクもあって、多くの生徒や学生は伝統芸能を学ぶことを敬遠し、また親も、確実に就職できる学部に子どもを入学させたがる。カンボジアではいま、経済や観光を学ぶ学生が増えている。対照的に伝統芸能を学ぶ学生は減っている。

芸術教育に充てられる国家予算も限られているので、王立芸術大学や芸術初等学校の教育設備や舞台環境も十分ではない。古典舞踊を学ぶ20歳の女子生徒は「もし教室に鏡があれば、自分の姿勢をもっと簡単に修正できるだろうし、踊りをより早く習得できると思う」と話す。

さらに人気の低下に拍車をかけるのは、芸術初等学校の校舎が2005年に、プノンペン中心部から北部郊外へ移転したことだ。この結果、生徒や先生の通学・通勤が困難になった。プノンペン中心部から学校へは、バイクで30分以上かかる。ガソリン代の出費も増える。

予算不足はまた、教師の人員削減も促す。この結果、授業が予定通り進まず、生徒は授業に集中できなくなったといわれる。

■伝統芸能をどう続けるか

こうした環境の中で、伝統芸能を極めていくのは厳しい。それにもかかわらず、伝統芸能を継承することを選ぶ若者がいる。彼らのインタビューを通じて、こうした若者たちは、困難の中での学びを通じて、伝統文化に対する愛情と誇りをさらに深めているように思えた。

ユニークなのは、多くの生徒や学生がそれぞれの方法で、伝統芸能とかかわり続けようとしていることだ。伝統芸能だけを学んでも収入につながらない。だから教育学や会計学を修め、収入の道を確保しながら、長期的に伝統芸能を続けようとする生徒や学生たちがいる。

伝統舞踊と現代舞踊を融合させて新たな表現方法を模索するNGOアムリタ・パフォーミングアーツの活動に参加する若者たちもいる。新しい表現と伝統芸能は一見すると対極にあると思えなくもないが、アムリタ・パフォーミングアーツで活躍する30歳の女性アーティストは「古典舞踊を本当に理解していなければ、伝統舞踊を通じた新しい表現を目指すことはできない」と力強く言った。

グローバリゼーションの波が迫りくる中、多くのカンボジア人がクメール文化である伝統芸能に興味を失いつつある。それでもカンボジア人の若い世代の中には、伝統芸能の力を信じ、その魅力を、カンボジア人はもとより、世界の人々に伝えようとしている者がいるのだ。

写真=民俗舞踊の練習に励む男女生徒(筆者撮影)
原隆宏(はら・たかひろ)