アラブの春から2年、新政権を悩ます「多数決の原理」と「権利の尊重」の“狭間”

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■民主化は骨の折れる仕事

アラブの春の熱狂は過ぎ去り、人権を尊重する民主主義の構築に向けた厳しい課題がいま突き付けられている――。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は、先に発表した「2013年世界人権年鑑」のなかで、ポスト・アラブの春についてこう形容した。アラブの春が最初にチュニジアで勃発して2年超、中東に真の民主主義は訪れるのか、それとも新たな形態の独裁が誕生するのかは、新政権が「人権尊重」とどう向き合うかにかかっている。

アラブ諸国が民主化を進めるうえで「難題だ」とHRWが懸念するのは、各国の新政権が「多数決の原理」と「権利の尊重」という2つのバランスをどうとるかだ。選挙で得た権力をそのまま行使してしまうと、少数派や女性などの基本的自由や他のもろもろの権利は侵害されかねない。

世界人権年鑑では、人権を尊重する国家の建設で不可欠な要素として、「効果的な統治組織の構築」「独立した裁判所の確立」「専門性を備えた警察の創設」「人権と法の支配を無視する多数派に対して抵抗できる仕組み作り」などを挙げている。

HRWは「これらは“骨の折れる仕事”になる。だが民主化が難しいからといって、旧来の秩序への回帰を求めることは正当化できない」と他に選択肢がないことを強調する。

■リビアの政府機関は能力不足

世界人権年鑑はまた、各国の状況にも言及。エジプトの憲法をめぐる闘いについては、新憲法が、拷問や恣意的な拘禁を明確に禁ずるなど建設的な部分もあると評価する半面、言論や宗教、家族についてのあいまいな規定は、女性の権利や社会的自由の行使に危険な影を落としているとの見方を示した。

「脆弱国家」の問題点が浮き彫りとなっているのがリビアだ。アラブの春の前のカダフィ政権は、政権に対する異議を抑圧する狙いから、政府機関が意図的に能力をもたないよう仕向けていた。こうした能力不足が足かせとなって、現在のリビアは「法の支配」を尊重できないという深刻な事態に陥っている。その一例が、民兵組織が国の多くの部分を牛耳り、いくつかの地域で重大な人権侵害行為を働いているにもかかわらず、処罰を受けていないことだ。

紛争が続くシリアでは、政府軍が人道に対する罪と戦争犯罪を犯す一方、反政府軍も拷問や即決処刑を含む重大な人権侵害に手を染めている。国連の推計によれば、シリアではこれまでに約6万人が殺された。

シリアの事態を国際刑事裁判所(ICC)に付託すると国連安全保障理事会が決定すれば、すべての被害者のための「法の正義」に向けた助けとなり、またさらなる残虐行為と宗派・党派間の報復を抑止することにもつながる。ところが多くの政府は、ICC付託を支持すると表明しながら、ロシアと中国に拒否権の発動を断念させ、付託を認めるような外交努力をしていない。

■注目は「女性の権利」への対応

イスラム主義者が選挙で権力を得た多くの国では、女性の権利が論争の的になっている。「女性の権利などというのは西側の押しつけ。イスラム教やアラブ文化にはそぐわない」と強弁するグループもある。

これに対するHRWの見解は「国際人権法は、女性が望む場合には保守的・宗教的なライフスタイルを送ることを妨げない。だが現状は、平等と自立を求める女性に対しても、政府が制約を加え過ぎている」。

イスラム主義者が多数派を占める政府の評価軸としてHRWは「女性へどう対応するか」に注目している。