カンボジア人女性の就労促進、自立支援のプロジェクトで、日本人女性が奮闘している。石田希穂さん(22歳)さんが所属するのは、大阪府箕面市に本部を置き、2005年にカンボジアの首都プノンペンに事務所を開設したNPO法人「グローブ・ジャングル」だ。同NPOは当初、孤児のサポートや、貧しさから学校に通えない子どもの進学支援などを中心に展開していたが、女性のための職場づくりを目的として活動していたNGO「ナチュラルバリュー」と2016年に合併。石田さんは同年から、グローブ・ジャングルがシェムリアップ郊外で運営するナチュラルバリュープロジェクトに加わっている。
■男がいない村
現在の主な活動拠点は、カンボジア・シェムリアップ郊外のスヴァイチュルム村だ。人口(約2000人)の8割が農家だが、農業だけでは収入が十分に得られず、男性は家族を残して隣国のタイなどに出稼ぎに行くことが多い。男手がなくなると、残された女性や子どもだけでは従来の規模で農業を維持することができない。村には農業以外の仕事がほとんどないため、仕事を失った女性が多くいた。そのためプロジェクトでは、村に残った無職の女性に向けて、農業以外の仕事を提供することを目標としたのだという。
プロジェクトのもうひとつの狙いは女性の自立支援だ。家を出ても生活していく手段がないことが理由で、家庭内で暴力を受けていても、耐えて家にとどまっている女性は少なくない。家を出ても暮らしを立てられる環境作りは、自立を望む女性の勇気につながる。
ナチュラルバリュープロジェクトが村に作業所を設置し、女性たちに提供し始めたのは「手提げバスケット作り」の仕事だ。カンボジア最大の湖「トンレサップ湖」でとれるウォーターヒヤシンスを原料として、ひとつひとつ手編みで作る。手間はかかるが、出来上がった製品は日本のデパートのショーウインドーに並んでいても十分に魅力的なおしゃれな見栄えだ。主に観光客向けで、2017年7月からはカンボジア最大のナイトマーケットでも販売する。人気商品で、大きいものは1つ45ドル(約5000円)で売れる。
■月収は1万2000円
作業所に新たに加わった女性が1人で手提げバスケットを作れるようになるまで、石田さんや現地のカンボジア人スタッフ、先輩作業者が作業手順を丁寧に指導する。「カンボジアの女性は手先が器用で、作業を覚えるのも早い。作ることが難しい手提げバスケットはだいたい1年経つと1人で作れるようになる」(石田さん)
1つのバスケットを仕上げるのにかかる日数は3日くらい。給料は作業実績を加味した月給制で、長く働いていて技術のあるスタッフだと約100ドル(約1万2000円)。スヴァイチュルム村の1世帯あたりの平均月収とほぼ同じだ。
このプロジェクトで石田さんは、現地スタッフとして、貧困調査やスタッフのマネジメント、商品開発・管理などを担当する。「プロジェクトの目的は、貧しい村に作業所を作り、地域のお母さんたちを集め、職業訓練と女性教育を行うこと。特に女性の自立支援に力を入れている」と石田さんは説明する。
「『生活に足りないお金を稼ぐ』といったゴール決めて、それを達成することは大切。しかしその過程はもっと大事だと思う」と石田さん。ゴールばかりに気を取られていると、村の女性たちは、支援がなければ自立できないままになってしまうのではないかと危惧するからだ。「重要なのは、女性たちが自ら『自立するにはどうしたらいいのか』を考えられるようになること。私はそれをサポートしたい」(石田さん)
村の女性たちの本当の気持ちを知り、自発的に自立を考える「きっかけ」を提供するために、言葉が通じないながらも一緒に食卓を囲むなど、なるべく同じ時間を共有するようにしている。「一人ひとりと向き合い、村の女性たちと信頼関係を築く努力を続けたい」と語る。
■トビタテに落選
石田さんは名古屋短期大学の保育科卒。開発支援プロジェクトとは縁のなさそうな経歴の彼女をカンボジアへ向かわせたのは、在学中に新聞記事で見た「終わりある支援をしていきます」というナチュラルバリュープロジェクト代表、加藤南美さんの言葉だった。“自立を視野に入れた支援をすることが大切”との考え方に感銘を受け、勢いそのままにカンボジアへ短期渡航。「最初の旅でナチュラルバリュープロジェクトの活動に改めて共感し、カンボジア人のやさしさにも触れて、このプロジェクトにかかわりたいと強く思った」と石田さんは言う。
いったん帰国後、ナチュラルバリュープロジェクトで1年間のインターンをしたいと考えて、文部科学省が主催する全国の高校生、大学・大学院生の留学希望者対象の奨学金『トビタテ留学ジャパン』に応募。しかし奨学金を得ることはできなかった。
石田さんは改めて熟考の末、日本の支援者からサポートを受け、ナチュラルバリュープロジェクトのスタッフとして加わり、期限を決めずカンボジアで働くことを決意した。短大を卒業後、2016年4月に渡航して正式に勤務をスタートした。
もし奨学金を得て、期限が決まった中でプロジェクトに参加していたら、将来の不安はずっと少なかっただろう。しかし1年という短い期限では、できたはずのこともできなったかもしれない。「奨学金が得られなかったことは、今思えば、期限を決めずにカンボジアで働きなさいという神様のお告げだったのかもしれない。起こることすべてに意味があって、それをポジティブに考えられるかどうかは自分次第。ぜひ本気でチャレンジしてみてほしい」と石田さんは大学生にメッセージを送る。