トランプ米大統領の「エルサレム首都宣言」の裏に何がある? 11月の中間選挙対策か

ノンフィクションライターの高橋真樹氏。放送大学非常勤講師として「パレスチナ難民問題」の授業を長年担当。著書に『ぼくの村は壁に囲まれた-パレスチナに生きる子どもたち-』(現代書館)、『イスラエル・パレスチナ 平和への架け橋』(高文研)など多数

パレスチナ問題に詳しいノンフィクションライターの高橋真樹氏は1月31日、ピースボートが都内で主催したイベント「世界を揺るがすエルサレム問題とは?-トランプの首都認定がもたらすもの-」に登壇した。トランプ米大統領が2017年12月に「エルサレムをイスラエルの首都と認定し、テルアビブにある米国大使館をエルサレムに移転する」と宣言したことについて同氏は「今年11月の中間選挙を意識しているのではないか。国内事情のために、世界の情勢を変えてしまうのはとても危険」と警鐘を鳴らす。

■ユダヤを気にする議員たち

エルサレムに米大使館を移転する「エルサレム大使館法」が上下両院で可決されたのは1995年。ビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマの歴代大統領は同法の執行を選挙公約に掲げていたものの、外交・安全保障上の理由から延期していた。トランプ大統領が今回延期しなかった理由について高橋氏は「今年の中間選挙に向けて、わかりやすい成果を見せたかったのでは。トランプ大統領は国際情勢に関心がない。国際的な影響を何も考えていないのではないか」と推測する。

駐イスラエル米国大使館のテルアビブからエルサレムへの移転を歴代大統領が検討してきた背景にはユダヤ・ロビーの存在がある。ユダヤ・ロビーとは、活発な政治活動を行うユダヤ系アメリカ人の団体のこと。アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)をはじめ複数の団体がある。

ユダヤ系アメリカ人はアメリカの総人口の2%以下。だがマスコミや大学などへの影響力が強く、資金力もある。選挙の際もユダヤ・ロビーは、イスラエルに友好的な候補者には資金を援助する一方で、イスラエルの政策に反対する候補者にはマスコミや集会でのネガティブキャンペーンを徹底。刺客(対立候補)を送り込んで落選させる。「今のアメリカの議員は全員、ユダヤ・ロビーを気にしている」と高橋氏は言う。

トランプ大統領の娘婿で大統領上級顧問のジャレッド・クシュナー氏はユダヤ教徒だ。クシュナー氏と結婚するために、イバンカ・トランプ氏はユダヤ教に改宗した。クシュナー氏はイスラエルの政策を支持している。「トランプ大統領の宣言には、クシュナー氏の影響もあるのではないか」と高橋氏は指摘する。

イスラエルの政策を支持するのは、キリスト教福音派(原理主義)の人たちも同じだ。福音派は、聖書に書いてあることをそのまま真実と信じ、進化論を認めない。聖書の内容から「神がイスラエルの地をユダヤ人に与えた」と解釈し、イスラエルの支配を正当なものと考える。福音派はアメリカの人口の推定25~30%と多く、選挙でも無視できない数だ。

■「イスラエルに差別はない」

「パレスチナで一番大きな問題は、イスラエルによるパレスチナ人への人権侵害だ」と高橋氏は言う。イスラエルは1967年の第三次中東戦争以降、東エルサレムとヨルダン川西岸地区を実効支配する。イスラエル政府は入植地を次々と建設。入植地に補助金を付けて安く住めるようにすることから、「貧困対策」とイスラエル政府はうたうが、住めるのはユダヤ人だけだ。

対照的にパレスチナ人への迫害はひどい。イスラエル政府はパレスチナ人には家の建設許可を出さない。許可なしで家を建てると、違法建築として破壊する。家を壊されたパレスチナ人の多くは難民化してしまう。過去の戦争のときだけでなく、今も難民が発生し続ける。住民登録のときに、たまたま不在だっただけで、居住権を奪われたパレスチナ人も多いという。

こうした差別の象徴のひとつがイスラエルのID(身分証明書)システムだ。ユダヤ系イスラエル人はほとんどの場所に住むことができるが、アラブ系イスラエル人(イスラエル国籍をとったパレスチナ人)は住む場所も、また行ける場所も制限される。イスラエルが占領する東エルサレムやヨルダン川西岸地区に暮らすパレスチナ人は、イスラエルの選挙権をもたない。またイスラエルでは一般市民も自動小銃の所持が認められるが、実際に持てるのはユダヤ人だけだ。

「一般のユダヤ人に話を聞くと『この国に差別はない』と言う。ユダヤ人からは差別が見えていないのではないか」。高橋氏はこう危惧する。

■ロシア系は受け入れる

イスラエルが建国された背景には、19世紀にヨーロッパで広がったユダヤ人差別がある。ユダヤ人が差別されない・迫害されない国というのがイスラエルの理念だ。「(だから)ユダヤ人が圧倒的多数でないと安心できないのではないか」と高橋氏。近年はユダヤ系でなくても、ロシア系の貧しい人たちなどがユダヤ人と自称して移民してくる。「パレスチナ人の住民を追い出す一方で、移民を受け入れるというのはどこか矛盾している」と高橋氏は言う。

ユダヤ系アメリカ人の間では、パレスチナ人に対する人権侵害はイスラエルの将来にとって良くない、とイスラエルの政策に反対する動きも出始めている。しかし大多数のアメリカ人はパレスチナ問題に無関心。「無関心な人が多いと、一部の人が強力に主張しただけで意見が通ってしまう。アメリカ人だけでなく、日本人ももっと世界の問題に関心をもつべき」と高橋氏は訴える。