【翻弄される西サハラ(1)】「西サハラはサハラーウィのもの」 難民キャンプ生まれの若者が祖国の主権訴える

アルジェリアのチンドゥーフにあるサハラーウィ難民キャンプ(2019年撮影:岩崎有一/アジアプレス)アルジェリアのチンドゥーフにあるサハラーウィ難民キャンプ(2019年撮影:岩崎有一/アジアプレス)

「西サハラの主権はモロッコにも米国にもない。唯一、サハラーウィ(西サハラ一帯に昔から住む人の総称)だけだ」。アルジェリアの難民キャンプで生まれ育ったサハラーウィ、ファトマ・ブラーヒーム・モフタールさんは3月6日、西サハラ友の会が主催するオンラインセミナーでこう訴えた。西サハラ問題の本質に迫るシリーズ「翻弄される西サハラ」。第1弾では、モロッコと国際社会にがんじがらめにされるサハラーウィの苦悩を紹介する。

西サハラはテキサスではない!

アフリカ北西部に、地図上で国境の一部が点線になっている地域がある。西サハラだ。サハラーウィの民族解放組織「ポリサリオ戦線」とモロッコ政府は、この地の主権をめぐり長年争ってきた。

ファトマさんがいま改めて「西サハラの主権はサハラーウィにある」と主張するのは、2020年12月のトランプ前米大統領の発言を受けてのこと。西サハラの主権をモロッコに認めると発表したのだ。

このタイミングでモロッコは、イスラエルとの国交を正常化した。アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダンなどアラブ諸国と国交回復を次々に進めるイスラエル。モロッコとの交渉で切り札となったのが、西サハラはモロッコに帰属するという米国の承認だった。

だが国際的にみて西サハラの主権はモロッコにはない。国際司法裁判所は1975年、モロッコが西サハラを過去に所有していたという証拠はなく、サハラーウィに民族自決権があると述べた。国連調査団も同じ年、サハラーウィが独立を望んでおり、彼らの唯一の代表組織はポリサリオ戦線であるとした。

国連加盟193カ国の4割以上に当たる84カ国も、ポリサリオ戦線が設立したサハラーウィ国家「サハラ・アラブ民主共和国」を国として認める。

ファトマさんは「西サハラの主権はもともとサハラーウィにある。トランプは、(米国の州である)テキサスやワシントンの主権をモロッコに認める(譲る)ことはできても、西サハラについては決してできない」と辛辣に批判する。

戦争をやめてほしいとは思わない

2020年、西サハラを揺るがす事件がもうひとつ起きた。西サハラ南西部のゲルゲラートで、モロッコ軍がサハラーウィの抗議デモを排除したのだ。

ゲルゲラートは西サハラとモーリタニアの境に位置し、ポリサリオ戦線とモロッコの緩衝地にある。モロッコ政府は2001年からゲルゲラートで幹線道路の建設を始め、2017年には検問所を設置した。これにより西サハラでとれた野菜や肉、リン鉱石などの資源がゲルゲラートを通ってモーリタニアに輸出されるようになった。

こうした事態に対抗するため、ゲルゲラートに住むサハラーウィは2020年10月20日、障害物を置いて道路を封鎖。非暴力の抗議デモを24日間にわたって打った。これに対してモロッコ政府は11月13日、軍をゲルゲラートに派遣。抗議するサハラーウィを追い払った。

ポリサリオ戦線はこれを停戦合意に反するとし、30年続いた停戦合意を破棄。モロッコ軍の数カ所の施設を攻撃した。以降、ポリサリオ戦線とモロッコ軍の戦闘が続く。

「戦争をやめてほしいとは思わない。私たちが難民となって45年。これ以上は耐えられない」。ファトマさんはポリサリオ戦線の抗戦をこう支持する。

国際社会は無視し続けるのか

「国連の空約束で我慢し続けるのは不可能だ」。ファトマさんの非難の矛先は、モロッコの占領を黙認する国際社会にも向く。

国連は1991年、ポリサリオ戦線とモロッコ政府の間に入って停戦合意を取り付けた。国連西サハラ住民投票監視団(UNMINURSO)を設立し、独立の是非を問う住民投票の実施を約束した。

しかし、住民投票は分が悪いと見たモロッコ政府は、住民投票の実施を妨害し続ける。国連もイニシアティブを発揮できていない。それどころか、モロッコ政府が進めるゲルゲラートの道路工事も黙認してきた。

「残された手段が“手と足しかない場合”を考えてみてほしい。戦争を選んだのは私たちではない。何もしない国際社会が私たちに戦争を選ばせた」(ファトマさん)

西サハラを長年取材するジャーナリストの岩崎有一さんも、窮地に立たされるサハラーウィの思いをこう代弁する。

「緩衝地やモロッコの占領地で仲間が傷つけられても、サハラーウィは我慢しなければいけないのか。国際社会はこれを無視するのか」

夏は50度・冬は氷点下 で暮らす

1975年のモロッコ侵攻で、サハラーウィは分断された。モロッコの占領地で暮らすサハラーウィと、隣国アルジェリアに逃れたサハラーウィだ。

占領下で暮らすサハラーウィはモロッコ政府から「二級市民」として扱われる。雇用の機会は制限され、モロッコ人が避けるような末端の仕事にしか就けない。

モロッコが支配する西サハラの主要都市では、私服警官がサハラーウィ、外国人、人権NGOのスタッフなどを監視する。岩崎さんは「サハラーウィが西サハラの独立運動をすれば、警察に逮捕、拘束される。そこで死なない程度の拷問やレイプ、暴行を受ける」と、モロッコ政府の非道な人権侵害を語る。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは2019年、「モロッコでは表現や集会の自由が著しく制限されている」とする公開文書をモロッコ国王のムハンマド6世に送った。とくに西サハラでは平和的なデモが武力で弾圧されている、とモロッコ政府を強く非難した。

隣国アルジェリアに逃れたサハラーウィの生活も苦しい。彼らが生活するのは西サハラとの国境近くに作られた難民キャンプ。そこは「砂漠の中の砂漠」とも呼ばれる場所だ。夏場は気温が50度を超える半面、冬場の夜間は氷点下になることもあるという。(つづく