【バンドン発深夜特急(4)】葬式でウシの首をはねる島がインドネシアにあった! カトリックとアニミズムはなぜ融合したのか

インドネシア語エッセイコンテストで2位になった筆者は7月中旬、副賞であるスンバ島への3泊4日の旅行に出かけた。写真は、旅先で出くわした“ウシを殺す葬式”

葬式ではウシを殺し、その血を大地に捧げる――。数千年前から伝わるこんな風習が残る場所がある。インドネシアはバリ島とティモール島の間にあるスンバ島だ。島民の55%がキリスト教徒(大半がカトリック)で、20%がアニミズム(精霊信仰)を信じるとされるスンバ島では、アニミズムの習慣とキリスト教の教えが共存している。その裏事情を探ってみた。

■ウシ1頭20万円!

衝撃の光景を車窓から目にした。スンバ島西部のトンボラカ空港に着いて、タクシーでホテルに向かっている途中のことだった。

3頭のウシが首からだらだらと血を垂れ流し、フラフラと苦しんでいる。しかも大勢のインドネシア人の前で。人間からまるでリンチされているかのようだ。

驚いた私を見て、スンバ島東部出身でスブ族の観光ガイド、ユディさん(33歳)は笑いながら教えてくれた。「スンバ島でこの光景は日常茶飯事だよ。ここでは葬式のときにウシを殺して食べるんだ」

ユディさんによると、ウシの値段は、年齢にもよるが、1頭500万ルピア(約3万9000円)~25万ルピア(約20万円)。裕福な家は一度の葬式でたくさんのウシを殺すという。インドネシア人の平均月収が265万ルピア(約2万1000円)ということを考えると、ウシ1頭だけでもかなり高価な買い物になるはずだ。

私が暮らすジャワ島のバンドンでは、牛肉の値段は鶏肉より高いものの、屋台でもどこでも食べられる。牛肉は手ごろだ。しかしここスンバ島では「ウシはごちそう」。空港からホテルまでのでこぼこ道を走っていると、多くの家がウシを飼っている風景が見えた。

■ニワトリはまじめさの象徴

ここで素朴な疑問がわく。スンバ島の人たちはなぜ、大金を払ってまでウシを殺したがるのか。

その理由を説明してくれたのが、スンバ文化研究保全協会で働くキリスト教徒のヤコブさんだ。「(葬式でウシを殺すのは)スンバ族に代々受け継がれるアニミズムの習慣。ウシの首をかき切ったときに流れ出る血が、母なる大地への感謝の証になる。(遺族が)ウシを買わないと葬式は始まらない」

でもどうしてウシなのか不思議に思った。ヤギではダメなのか。ユディさんに尋ねると、「ウシはスンバの王族のシンボル。ウシの角が一族の栄光を表す」とのこと。スンバ島では、ヒンドゥー教のようにウシは聖なる生き物ではないが、権威の象徴であるようだ。

ユニークなのは、人生の終わりではウシを殺すが、子どもが誕生したときはニワトリを殺すこと。ニワトリの血を大地に捧げる。「ニワトリは勤勉さの象徴。朝早く起きて、自分や家族のために食べ物を探す。新しく生まれてくる赤ちゃんに、まじめに働くにニワトリのような大人になるよう願いを込めるんだ」とユディさんは教えてくれた。

スンバ島では今も、農作物を収穫する前には、稲ととうもろこしを木や石の上に供える。カトリック教徒が大半のこの島の日常にいまだ、自然崇拝が残っていることに私は驚いた。と同時に島民らは毎週日曜日、カトリック教会に行き、ミサを捧げる。

■アニミズムは宗教ではない?

スンバ島ではなぜ、アニミズムの習慣が垣間見えるのか。島民と話すなかで気づいたのは、島民らは実は“キリスト教徒のふりをしたアニミズム信者”ということだ。これにはインドネシアならではの事情がある。

インドネシア国民は原則的に、6つの公式宗教(イスラム教、カトリック、プロテスタント、仏教、ヒンドゥー教、儒教)のうちいずれか1つを信仰しなければならない。そのためにやむをえず、戸籍上はキリスト教徒になるアニミズムの信者も少なくないと聞く。

インドネシアでは、公式の宗教を信仰しない“無宗教者”は生きにくいという実情がある。「仕方なしに形式上、キリスト教徒になっている人もいる」とユディさんは言う。

戸籍上キリスト教徒になるということは、住民登録証(KTP)の宗教欄に「カトリック」または「プロテスタント」と記されることを意味する。これはインドネシア人にとってとてつもなく重要なこと。西ジャワ州にあるパジャジャラン大学の学生ティアラ・ラハユさんは「インドネシア人は企業に就職するとき、KTPを提示する必要がある。だけど企業は、KTPの宗教欄が空欄になっている人を信頼しないんだ」と強調する。

■王様はキリストより信用できる

スンバ島にはまた、「村々を治める王」がいまも存在する。これも、アニミズムがキリスト教にのみ込まれることなく脈々と受け継がれてきた要因のひとつだ。「この島ではそれぞれの村を異なる王が統治していて、その王たちがアニミズムの儀式を継承している」(ユディさん)

スンバ文化研究保全協会の職員ヤコブさんは「(アニミズムや王制の)伝統は1000〜2000年の歴史がある。キリスト教が伝来する前からだ」と語る。スンバ島西部のマノラ村に住むルディさんも「カトリックが伝わるずっと前からこの村に存在する王とアニミズムの方がよっぽど信用できる」と言い切る。

アニミズムを公式宗教と認めないインドネシア政府だが、その習慣そのものは禁じていない。このためスンバ島をはじめ多くの地域に残っている。インドネシア政府がもしアニミズムの実践さえ禁止するとどうなるのか。スンバ島の伝統を完全否定すれば、島民から大きな反発を招くのは違いないだろう。

アニミズムを宗教としては認めないけれども「文化」のひとつとして認める、というのが、いわばインドネシア政府のスタンス。この曖昧さは、数多ある文化や民族が互いを認め合うためにインドネシアが作った国是「多様性の中の統一」にも通じる。スンバ島への一人旅で私はまた少しインドネシアの奥深さに触れることができた。

スンバ島西部のマノラ村に住むルディさん(右)。現在は、スンバの伝統的な建築様式をPRする活動をする。6月には、スンバ島から1500キロメートル以上離れた中部ジャワ州ジョグジャカルタに出張した

スンバ島西部のマノラ村に住むルディさん(右)。現在は、スンバの伝統的な建築様式をPRする活動をする。6月には、スンバ島から1500キロメートル以上離れた中部ジャワ州ジョグジャカルタに出張した