格差社会になったモンゴル、シャーマンになれば「失ったプライド」を取り戻せるのか

シャーマンになった若い娘とその両親。シャーマンに乗り移る精霊は先祖の霊なので、シャーマン自身は若くても、儀礼の際は「おじいさま」「おばあさま」と家族からあがめられる。逆にシャーマンは、上下関係によらず「幼子たちよ」と家族に呼びかける(島村氏が撮影)シャーマンになった若い娘とその両親。シャーマンに乗り移る精霊は先祖の霊なので、シャーマン自身は若くても、儀礼の際は「おじいさま」「おばあさま」と家族からあがめられる。逆にシャーマンは、上下関係によらず「幼子たちよ」と家族に呼びかける(島村氏が撮影)

他人に対して劣等感をもつひとがシャーマン(精霊を操る祈祷師)になる国が日本の近くにある。1992年に社会主義が終焉し、民主化したモンゴルだ。シャーマンになる目的のひとつは、格差社会で傷ついたプライドを取り戻すこと。モンゴルのシャーマン増殖現象を研究する国立民族学博物館の島村一平准教授は「シャーマンに新たになる人はこのところ減ってきた。シャーマンになっても、自分のプライドは満たされないと気づき始めたのかもしれない」と語る。

シャーマンにならないと死ぬぞ

「うちの妹もシャーマンになったよ」「最近ではどこの家にもシャーマンがいる」

こんな会話をモンゴル人が交わし始めたのは2010年ごろだ。島村氏によれば、それ以前のシャーマンの数は2000~3000人。だがその数は劇的に増え、ピーク時の2015年には2万~3万人に。モンゴルの当時の人口が約300万人だったことを考えると100人に1人の割合だ。増え方は「人々が感染症にかかっていくかのよう」ともいわれた。

シャーマンになったのは、格差社会で“負け組”になった人たちに限らない。俳優やモデル、ミュージシャンに国会議員と多種多様。男女や貧富、年齢の差に関係はない。

だがひとつの共通点があると島村氏は指摘する。

「シャーマンになる人はみんな、(誰かと比べて)敗北感や劣等感をもっているのではないか。とくに1人で仕事をする人は、すべてを自己決定しなければならない。だから先行きの不安を感じやすい。また、いくら成功してお金持ちになっても、自分の理想には近づけないと感じる人もいるのではないか」

シャーマンの出番は、不幸に見舞われた人を目の前にしたときだ。「病気やけがが治らない」「交通事故に遭った」「仕事が上手くいかない」――。こんな自分や家族、友だちをどうにか救えないかと相談する人にシャーマンはこう諭す。

「おまえは、オグ(先祖の霊)にねだられている。(その霊をつかまえて)シャーマンに早くならないと死ぬぞ」。シャーマンになることは運命だと説き、不幸を抱える人に理解させていく。

モンゴルでは、シャーマンになることへの評価は人それぞれだ。家族に反対されて断念するケースも少なくない。儀礼で使う衣装と道具を買いそろえるのに費用がかかるからだ。何よりの懸念は、家族の誰かがシャーマンになった際に、家族が最初にそのシャーマンを信じなければならない決まりがあることだという。

だが、シャーマンになる本人にとってマイナス面はない。家族や知人との人間関係は変わらないからだ。

「遊牧生活をしてきたモンゴル人には村八分の考えがない。だから、たとえ友だちがシャーマンになっても『キモい』と避けたりしない。友だちとして接し続ける」(島村氏)

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