ハイチの妊産婦死亡率は日本の100倍、国境なき医師団「自宅ではなく病院で出産を!」

1002国境なき医師団が支援する病院で産まれた赤ちゃん国境なき医師団が支援する病院で産まれた赤ちゃんとその母親(2020年3月)©MSF/Johan Lolos

国境なき医師団はこのほど、ハイチ南西部の町ポール-ア-ピモンの近郊で暮らす人たちを対象とする母子保健プロジェクトの報告会を開催した。このプロジェクトの一員として、定期的な妊産婦健診や病院での出産などについて啓発したのは、ヘルスプロモーターの園田亜矢さんだ。プロジェクトの対象地では自宅での出産が60%を占めることもあり、妊産婦が妊娠中、出産の最中とその直後に合併症などで命を落とす割合は日本のおよそ100倍にのぼる。

プロジェクトの名前は「ハイチ南県 リプロダクティブ・ヘルスケア支援プロジェクト」。ポール-ア-ピモンの60%以上の妊産婦が病院で出産することを目指す。このプロジェクトはもともと、この地域で多数の死傷者を出した2016年のハリケーン「マシュー」の緊急支援だった。それから約3年を経て、ハイチ政府の病院を拠点とする母子保健に力を置く形に変わった。

プロジェクトでカギを握るのは「ヘルスプロモーター」だ。このプロジェクトでは11人のヘルスプロモーターが活動する。内訳は、海外から派遣されるマネージャーが1人、ハイチ人のスタッフが10人。4月末に日本に帰国するまで、園田さんはヘルスプロモーションマネージャーを務めていた。

■3000人の住民に呼びかけ!

ヘルスプロモーターの重要な活動のひとつが、病院の内外での啓発活動だ。

ポール-ア-ピモンの近隣の村を訪ね、医療従事者が常駐するハイチ政府病院での出産と、妊産婦健診の定期的な受診を呼びかける。園田さんらは「出産の際のリスクに医師がすぐに対処できるよう、赤ちゃんは病院で産みましょう。定期的な妊産婦健診も重要」と繰り返し伝える。

呼びかける対象は、妊産婦とその家族、これから結婚や子育てを経験する若い男女だ。出産には男性の理解と協力も欠かせない。一家の判断は、女性でなく男性が下すことが多いからだ。園田さんらヘルスプロモーターは毎月30以上の村を訪問し、約3000人の住民にメッセージを伝える。

「住民はヘルスプロモーターの訪問を快く受け入れ、私たちの説明を熱心に聞いてくれる。苦労することといえば、村へのアクセスが悪いこと。車が通れない険しい道も多く、片道約1時間かけて山道を歩いて村に向かうこともある」(園田さん)

■1000人以上が病院で出産

啓発活動は病院の中でも行う。病院の待合室で、妊産婦やその家族に向けてメッセージを伝える。病院での出産や妊産婦健診の重要性、出産前後の危険サイン、母乳で育てることの重要性、家族計画などだ。

こうした啓発メッセージを病院で受け取る人は毎月1000人を超える。2020年1月は1357人、2月は1018人、3月は1042人に達した。

ヘルスプロモーターの地道な呼びかけが奏功し、病院で出産する妊産婦の数は年を追うごとに増えてきた。2018年は808人、2019年は1079人の妊産婦が、国境なき医師団が支援するハイチ政府の病院で出産した。

病院で出産した女性は「病院の中は清潔。スタッフも温かく対応してくれた。お陰で安心して出産できた。出産後も、乳幼児健診で病院に通うようにしたい」と話す。

■自宅出産がリスクを高める

国境なき医師団がこのプロジェクトを推進する理由は、ハイチの妊産婦死亡率が高いことだ。2017年の統計で出産10万件当たりの妊産婦死者数は480人。日本の同5人の100倍に近い。

ハイチで妊産婦死亡率が高い理由について、園田さんは自宅出産の割合が高いことを指摘する。「産婆が自宅出産に立ち合うことは多い。だが訓練された医療従事者が立ち会うケースは皆無。そのため出産に伴う合併症への対応が遅れてしまう」と語る。

ポール-ア-ピモンのハイチ政府病院には、高度な医療設備が整っていない。毎月150人以上の妊産婦が入院する。ほとんどはこの病院で無事に出産するが、高度な医療処置を必要とする合併症を発症したり、帝王切開が必要な患者は、車で1~2時間ほどかけて別の政府病院へ搬送される。

「搬送先の政府病院でも、輸血や医師不足で患者が長時間待たされるのは日常茶飯事だ。待ち時間が長くなるほど、母体や胎児には負担が重くのしかかる」(園田さん)

■歩いて通院できる?

病院を利用したい意思がたとえ妊産婦にあっても、病院にたどり着くのは難しいのが現状だ。園田さんは2つの問題を指摘する。

ひとつはハイチのインフラだ。ポール-ア-ピモンの周辺は山間部で険しい道も多い。公共交通機関もない。雨が降ると、車がスリップする恐れもある。そもそも車やバイクが走れない道も少なくない。妊産婦が歩いて病院にたどり着くにはかなりの体力が必要だ。

もうひとつは経済的な問題。自宅から病院までバイクタクシーを使うと、往復で500グールド(500円)かかることもある。2018年の世界銀行の統計によれば、ハイチの1人当たり国民総所得(GNI)は734ドル(約8万5000円)。定期的に通う場合、交通費をまかなうのも大変だ。なかには片道4時間かけて徒歩で通院する妊産婦もいるという。

病院の待合室で啓発活動をする国境なき医師団のヘルスプロモーター(2020年3月撮影)MSF/Johan Lolos

病院の待合室で啓発活動をする国境なき医師団のヘルスプロモーター(2020年3月撮影)MSF/Johan Lolos