左派政権が近年減ってきたラテンアメリカで、ボリビアに左派政権が11月8日、約10カ月ぶりに誕生した。10月18日に実施されたボリビアの大統領選で、左派のルイス・アルセ氏(57)が勝利。主に低中所得層から支持を得た。アルセ氏に投票したラウル・アルバレスさん(ボリビア東部のパンパグランデ市役所に勤務)は「アルセ氏が前面に打ち出した公約は、現金の給付や雇用の保護など、低中所得層を守るためのものが多かった」と話す。
■1万5000円の現金給付で勝利
アルセ氏は、2006年に誕生したモラレス政権(左派政党「社会主義運動」)で11年にわたって経済・財務相を務めた人物。ボリビア経済の屋台骨を支える石油・天然ガス産業を国営化し、輸出価格を引き上げたり、課税を強化したりすることでボリビア経済を発展させた。
今回の大統領選でアルセ氏の得票率は55.1%だった。2位(28.8%)の市民共同体連合党(中道派)のカルロス・メサ氏に大差をつけた。
アルセ氏が勝利した最大の理由について、アルバレスさんは「低中所得層の支持が大きかった」と語る。特に低所得層が期待を寄せる公約として1000ボリビアーノ(約1万5000円)の現金給付(新型コロナウイルスの感染拡大で生活が困窮した国民への救済)があるという。
アルセ氏はまた、「公的機関や民間企業での解雇を禁止する」「地方政府と一緒に、最も助けが必要な人のための食堂付シェルターを建てる」などとも約束。貧困層を守る政策を前面に打ち出したことが勝利につながった。アルバレスさんは「ボリビアにもっと仕事があって、家族を養うために国外へ出稼ぎに行く人が減ると良い」と期待する。
さらに、大統領候補がモラレス氏ではなく、アルセ氏に変わったことも社会主義運動の勝因のひとつになったといわれる。反米主義を掲げ、独裁色を強めていたモラレス氏は2019年11月の大統領選で、得票数を操作した疑いをかけられ、失脚した。
アルバレスさんは「不正を犯してまで権力の座にとどまろうとするモラレス氏を国民は受け入れなかった」と指摘。だがモラレス氏率いる社会主義運動が政権を握った14年間でボリビアが発展したことは国民も認めており、アルセ氏が代わりに出馬したことで社会主義運動は信頼を取り戻したと続けた。
モラレス政権のあとに誕生したアニェス政権への不満も、アルセ氏にとって追い風になった。右派政党「民主社会主義運動」のアニェス氏は、汚職スキャンダルなどで支持率は低迷。2019年5月には、新型コロナ感染者への治療に集中治療室で使う人工呼吸器を不当に高い金額で購入したとして、同政権の保健相が逮捕される事件が起きていた。
■貧困層の味方でも「独裁化にノー」
今回の大統領選の投票率は88.4%に達した。国民が高い関心をもった理由のひとつは、11カ月前に実施された大統領選の「やり直し選挙」だったからだ。現地の調査会社シエスモリが選挙直前の9月に実施した世論調査では、支持率はアルセ氏30.6%、メサ氏24.7%と拮抗していた。
ボリビアでは2006年から2019年11月までの14年間、貧困層の味方を標榜する左派で、先住民(アイマラ)出身のモラレス氏が大統領を務めていた。ボリビアの憲法はもともと、大統領の再選を禁じていたが、モラレス氏は、3選まで認めるよう憲法を改正。3選を果たした。
ただモラレス氏はさらに任期を延ばそうと2016年、4選を可能にする改憲案への賛否を国民投票にかけた。ところが結果はノー。憲法を無視して出馬していた。
大統領選のさなか、モラレス氏が得票数を操作したとの疑いがかけられた。モラレス氏とメサ氏の得票率は、開票作業が始まった当初、競っていた。ところが開票中継が突如、約24時間にわたって中断。再び始まったときは両者の差は大きく開いていた。得票率が2位と10%以上開いていれば決選投票は不要となるが、モラレス氏が47%、メサ氏は36%という“ギリギリの結果”だった。
この疑惑について米州機構(OAS)は、得票数の操作があったことを指摘する報告書を発表した。ボリビア国内で不正疑惑に対して反発が高まったことを受け、モラレス氏、副大統領、上院議長(すべて社会主義運動に所属)は一斉に辞任していた。