
コロナ禍で突然の失職
ところが2020年から世界を震撼させたコロナ禍を受け、EAFIT大学が日本語コースを突如閉鎖。羽田野さんは失業してしまう。メデジンでの安定していた生活が一気に暗転し、「とにかくショックだった」。海外で暮らす人の多くが自国へ帰国する中、羽田野さんは自分の居場所(メデジン)に残り続けられる道を必死で模索した。
失意の羽田野さんを支えたのは、元教え子で友人でもあるニコラス・モレノさんや日本語の学生たちだ。日本語コースの閉鎖をモレノさんに伝えた時、彼は「メデジン日本文化センターを開くタイミングが来ましたね」と羽田野さんに言った。実は以前から2人にはメデジンに日本文化センターをオープンさせたいとの夢を温めていた。逆境を逆手にとり、夢を現実に変える決意をする。
モレノさんは金銭面でも羽田野さんを助けた。初期費用の大部分(1カ月分の家賃、机やオーブンなどの備品)はモレノさんが捻出した。羽田野さんもEAFIT大学からもらった退職金の半分(日本円で約50万円)を使い、必要なものをそろえ、準備を急いだ。
日本語コースが封鎖してわずか3カ月後の2022年3月、日本語クラスを核とする日本文化センター「春のひなた」はオープンした。当初は日本語コースと合気道クラスのみの開講だった。2023年7月に施設を拡張し、今では合気道の道場や日本風カフェも併設する。
「春のひなた」の日本語コースを担当するのは羽田野さんと7人のコロンビア人教師ら。多くが羽田野さんの教え子たちだ。コースは基本週2コマ、授業料は3カ月で60万ペソ(約2万1000円)だが、1回3万ペソ(約1000円)の個別授業もある。教師らはアニメやマンガ、妖怪など自分の好きな分野を教材にして日本語を教えるのが特徴だ。
羽田野さんは言う。
「言語は“世界をのぞくための窓”。同じ山でも、どの窓からのぞくかで景色が変わるように、異なる言語の窓を通してとらえる世界はカタチやイメージが少し違う。日本語の学習者らはアニメやゲームをきっかけに“日本語の窓”に興味を持ち、そこから見える日本社会や日本文化に親近感を抱く人たちだと言える」
羽田野さんによると、小学校や中学校で居場所がなく、人前で話すのが苦手だったコロンビア人の子どもが日本語を学び、アニメなど共通の趣味をもつ友人を見つけ、好きなことを自発的に話すようになっていく過程で自尊心が高まり、その結果、自分を表現できるようになったケースも多いという。そうしたコロンビア人の前向きな変化が間近で見られるのは「日本語教師にとって大きなやりがい」と羽田野さんは語る。

「春のひなた」の建物の1階には日本風のクレープ屋も入っている。日本の味を気軽に楽しめる