ミャンマー東部のカヤー州からタイ・チェンマイに逃げてきたヘンリーさん。「将来はもっと快適で稼げるオーストラリアや欧州に住みたい」と語る国民の人生はその国のトップ次第
「ミャンマーは国のトップ(ミンアウンフライン国軍最高司令官)が悪いから、自分たち自身で『何をすべきか、何ができるか』を考えなければならない」。ヘンリーさんはこう強く訴える。
ミャンマーでは実際、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が2026年1月に発表したデータによるとIDPの数は約360万人で、その割合は人口5114万人の約7%に達する。
5年前の軍事クーデターを契機にヘンリーさんの心は死んでいく。大学を中退して途絶えた将来の希望、自国(国軍)から攻撃され死におびえる生活――。そんな環境に耐えられず、彼は軍事クーデターの3年後の2024年にタイへ行くことを決心する。
ペコンから国境付近のメーセまで行くのにタイバーツ換算で9200バーツ(約4万5000円)、国境の川を違法で渡るのに2000バーツ(約1万円)、タイ側の街メーホンソンからチェンマイにある難民保護施設「セーフハウス」まで来るのに2000バーツ(約1万円)と合わせて約1万4000バーツ(約7万円)かかる。
所持金3500バーツ(約1万7000円)を握りしめて出発したヘンリーさんは「チェンマイで仕事を見つけたら必ず返す」と約束し、バスやボートに乗せてもらった。
チェンマイにたどり着いてから3カ月はセーフハウスでサポートを受け、その後、中華料理のレストランの接客やホテルでの清掃の仕事を見つけた。移動の際に借りたお金はすべて返したという。
レストランの閉店や1日11時間以上の労働を強制される環境などで、ヘンリーさんは2025年12月に仕事を辞めた。現在は求職中だ。
飛行機で簡単にタイまで来られる先進国の人間と、川や森を歩き、国軍からの攻撃におびえながら命がけで国境を越えたヘンリーさん。その国の政治がもたらす影響は極めて大きい。
制服姿のタイ人を見るのがつらい
チェンマイで自分の生活を立て直そうと苦労しながら、IDPキャンプに残る子どもたちの将来も案じるヘンリーさん。「チェンマイの街中で、制服を着た高校生や大学生が楽しそうに学校に行くのを見るたびに心は痛む」と言う。
将来の夢は、IDPキャンプで育った子どもたちが通える学校を作ることだ。そこを卒業した子どもたちがより高いレベルの勉強ができるよう国外に行けるようにも手助けしたい、と語る。














